奈央は今夜早上がりで、一条とディナーに行くことになっていた。


 けれど、一条はただでさえ多忙の身で、突然の予定キャンセルももう慣れた。



「この埋め合わせは必ずする。怒るなよ」



「怒ってませんよ、その代わり前から言ってる料亭「香久屋」に連れてってくださいね」



「香久屋? あんなとこでいいのか? なんて言ったら御園生に怒られるな、わかったよ。じゃあな」




 通話を切ると、再びキッチンの雑音が耳に戻ってくる。




『冗談で言ったのに、予定キャンセルくらいであんな高い高級料亭連れてってなんて嘘に決まってるじゃない……』





 ぽっかりと空いてしまった夜の予定をどうするか、奈央は仕込みの野菜を切り刻みながら考えていた。