一条の部屋につき、ふと時計に目をやるとまだ午後九時を回ったところだった。


ソファのローテーブルの上にはクッキングスクールで使うレシピの資料などが散乱していた。



『あ、グラタンのレシピだ……そういえば、紗矢子はグラタン好きだったな』



 奈央が思わずレシピを手に取ると、それに気づいた一条が上着を脱ぎながら言った。



「ああ、それ……スクールの生徒の一人がグラタンが好きで、美味しく作るレシピを教えて欲しいって言われてさ」



「紗矢子が教えて欲しいって言ってきたんですよね?」



 奈央はつい歯に衣着せぬ物言いをしてしまい、ハッとなって一条に向き直った。



「あ、ああ、そうそう神崎紗矢子だ、お前の同級生ってやつ」



 それならなぜ始めから神崎紗矢子だと言わなかったのか、奈央は一条の不明瞭な言葉にやるせない気持ちにさせられた。




「そういや神崎ってワインを輸入したりする商社に務めてるって言ってたな、今度うちのホテルに入れてくれって言ってきてさ……」



「……え?」