河原に小島達の覆面パトカーが停まっている。
 そこは静かで、動くもの一つ見当たらなかった。 
 だが、何かがあったことは間違いなかった。
 一人の少女が倒れており、辺り一面何者かが争った跡が残されていた。しかしそれは普通では考えにくいほど大規模なものだった。一面の草は踏み倒され、至る所に赤い血液と緑色の液体が飛び散っていた。
 一体何が起きているのだ?
 呆然としている小島を尻目に恵は倒れている少女の元にいた。少女のそばで丸くなっていた黒猫が色違いの目を開けて恵を見上げている。
 幸いにして少女に外傷はなかった。ただ気を失っているようだった。それでも恵は大事をとって携帯電話で救急車を呼んだ。
「嬢ちゃん、様子はどうだ?」
 小島は恵のそばにやってきて声をかけた。
「気を失っているだけのようです。用心のために救急車を手配しましたが…」恵の答えに小島は彼女の肩を叩く。小島はあまり人をほめることはしない。だがその代わりに動作で意思表示をしていた。それが先の行動である。恵は少女の意識を取り戻すために彼女に声をかけ続けた。それが幸を生じたのか、少女はまもなく息を吹き返した。するとそれまでそばに寄り添っていた黒猫は何処かに姿を消してしまった。
 少女は自分は和田美佳というと小島達に言った。小島達に何があったのかと尋ねられると美佳は彼女が覚えている限りのことを話した。しかしそれは美佳が気を失う前のところでしかないために殆ど何もわからなかった。ただ小島が提示した写真に写っている相馬が美佳を襲ったということ、相馬が一時期美佳に執拗に近づこうとしていたことはわかった。
 美佳が危うく三人目の犠牲者になるところだったことを小島と恵は悟った。
 二人が美佳から事情を訊いていると間もなく救急車が到着した。
 小島は恵に美佳に付き添うようにと指示を出し、恵はそれに従って美佳と共に救急車に乗り込んだ。
 サイレンの音が遠ざかっていった。
 一人残された小島は再び辺りを見回した。
 すると草の中に包丁が一本落ちているのを発見した。小島はポケットから白い手袋を取り出すと、それを両手にはめて包丁を取り上げた。
 その刃の部分には血が付着していた。
 美佳の証言からも相馬がそれを持っていたことがわかった。小島はそれをビニールの袋に入れて証拠品とした。
 更に周囲を見回すと赤い血の跡が一つの方向に向かっていることがわかった。
 その出血の量から、血液の主は深い痛手を負っていることが想像できた。だが、落ちている間隔が広い。どうやらこの主は走っているらしい。
 それも相当な速度で…。
 小島は車に戻ると点々と続く血の跡を追った。
 その先には『紅い菊』が走っていた。脚の傷のために思うようには走れなかったが、それでも十分な速度を出していた。
 脚に巻き付いていた二匹の蛇はどこかに行ってしまっている。恐らく彼女をしばらくの間、足止めできればよかったのだろう。だが、同時にそのことは相馬だった『もの』が両腕を取り戻す可能性があるということでもあった。
『紅い菊』が感じたそれは現実のものとなっていた。
 九朗が送ってくる映像に両腕を取り戻した相馬が人の姿に戻って住宅街を歩いていたからだ。
 そして彼の視線の先には『紅い菊』の中の美鈴が見覚えのある家が建っていた。
 それは佐伯佐枝と絵美が住む家だった。