「見えません」
「なら言うな」
煙草の箱とライターを引き出しに仕舞い、理人はシャツの袖口に鼻を寄せる。
「臭うか? 煙草」
「香水の匂いが勝ってます」
一臣の答えに安心して、理人は書類に手を伸ばす。
仕事をしている時が、1番楽だ。
「いっそ、仕事と結婚できたらな」
「現実逃避はやめた方がいいと思いますが」
灰皿を引き取り、一臣は淡々とした声音で告げる。
「・・・・・・会長には何も言うな」
「それは―――」
「状況が変われば、人の心も変わる」
だから、諦めたわけじゃない。
このまま引き下がれば、祖父に何を言われるか。
「面倒だな・・・・・・」
呟きながらも、昨夜の真緒の顔が、未だに忘れられずにいた。
朝からずっとパソコンを操作していたので、目が疲れたし、肩も凝る。
もうすぐお昼だが、この調子では外へ食べに行く時間はないだろう。


