不遜な蜜月


黒のスーツに、ストライプのネクタイ。

それを見た瞬間、真緒は内心、安堵した。


「スーツ、違うわ」


ホテルで見たあの男性もスーツだったが、黒ではなく深い紺だった。

まぁ、本人だと仮定した場合、着替えている可能性もあるのだが、別人だと思い込むことで心の平穏を取り戻したいのだ。


「彩子、戻ろう」

「社長が見たかったんじゃないの?」


もう少し待てば、目の前を通り過ぎるのに。

社長は重役専用のエレベーターを使うので、滅多に他のフロアで見れない。

だから、こうして女子社員たちがいつも以上に騒いでいるのだ。


「いいのよ。それより、仕事しないと」


真緒は笑顔を浮かべて、自分のデスクに戻る。

そんな真緒に、彩子は疑問の残る視線を向けてしまう。


「―――彼女の名前を、教えてもらえるか?」

「しゃ、社長?」


急に声をかけられた、と振り向けば、社長が背後に立っていた。


「聞こえなかったか?」

「あ、彼女と言うと・・・・・・香坂 真緒のことですか?」