ぴちゃっ。

わずかな水分が、粘り気を帯びて、由澄季の髪にくっついていた。


きゃあああ、と、周りで様子を見ていた女の子たちの悲鳴が聞こえたが、由澄季にとってそれは、どこか遠い世界のもののように鈍い響きに感じられた。

目の前で、由澄季に針のような視線を向けている男子生徒は、彼女と同じクラスに在籍している。


昼休み、グラウンドの片隅で、由澄季はいつもどおり、いろんな生き物を探していた。雨上がりの今日は、小さなアマガエルを見つけたのに。

由澄季は、自分の立場というものを、今日ほど痛感したことはない。

「おい、聞いてんのか。菜津希ちゃんと仲良くなりたいから手伝えって言ってるんだよ」

小学校2年生の菜津希は、もうすでに、周りの子どもたちから浮いて見えるほどの美少女ぶりだった。しかし、同じ学校の4年生の由澄季が、こんなふうに同級生から頼まれるのは、「まだ」初めてのことだ。
なんとなく、妹を晒すような感じがして、嫌だと首を横に振った途端、この仕打ちだった。


由澄季が大切に両手で囲んでいた蛙を奪って、男子生徒は踏みつぶし、由澄季に投げつけたのだ。


震える手で髪の毛にくっついたままの蛙をそっとはがす由澄季。それを見て、また悲鳴を上げる女子生徒達。

私が捕まえなければ、私が断らなければ、この子は死なずに済んだんだろうか。由澄季の頭の中は、ただただ罪悪感でいっぱいだった。


「眼鏡ブス」


男子生徒がそう吐き捨てたところで、「由澄季―!!」と叫ぶ声が聞こえてきた。慌てて男子生徒が消えた直後に、由澄季に駆け寄ったのは、瑞樹だった。

「どうしたの?何があった?」

その声を聞いて、その顔を見ると、由澄季は少し気持ちが落ち着いた。

「蛙が、死んだ」

私がブスなせいで、と心の中で付け足して由澄季は答える。

「そうか。お墓作ろうな」

瑞樹は、気味悪がって遠巻きに見る女子生徒たちを気にすることなく、由澄季の手を引いた。


姉妹でも、私と菜津希とでは、周りの見る目がこんなにも違うのだと言うことを、由澄季が初めて実感した出来事だった。

そして、瑞樹はそんなふうに自分と妹を区別してはいないのだということにも、同時に気がついたのだった。