とある神官の話





「本当に、いろんなことがありましたね」

「私、ゼノンさんやいろんな人に助けられてばかりですよ」

「私だってそうです。一人では難しかったこともありますから――――今とか」

「何いってるんですか、もう…」





 こうして過去の日々を笑いながら話せる今。
 昔は、未来のことなど見えずもがきながら、幸せであれと祈った。


 だが、先のことよりも、ふとした瞬間に過去が黒々とした闇を連れて囁いてくるそれに、一人堪えていた。


 誰にでも人に話しにくいことがあり、そして多くの傷を抱えている。

 わかってはいる。
 みな、同じなのだと。


 それでも胸をかきむしりたくなるほど、寂しくて苦しくて辛くて泣きたくなる、そんな痛みが襲ってくる。堪えるのも必要だろう。時間が解決してくれることもある。
 
 そんな痛みや悲しみなどを、人は共有することが出来る。悲しいことのみではなく、楽しいことも分かち合い、理解しあえるのだ。それは、一人の時よりも断然、素晴らしいものだろう。


 少しずつでいい。ゆっくりでいい。
 追った傷がどんなに深くても、いつか癒えるように。




 家の前で、私が鍵を出そうとしたとき、シエナが笑っていることに気づき「何笑ってるんです?」と聞いた。




「おかえりなさい」

「え、あ、ただいま―――?」

「って、いえるのが幸せだなぁって思ったの。迎えるのも出来るし、迎えてくれる人もいるんだよなぁって――――ってゼノンさん!?」




 思わず鍵を出すのを後回しにして抱き締める。もう夫婦なのだが、好きで大変だ。ランジットに「お前ら、万年新婚夫婦になりそうだよな」と言われるのも仕方ないかもしれない。
 万年新婚夫婦、上等じゃないか。




「ちょ、誰かに見られますって!」




 この可愛い文句を聞きながら、「私も幸せです」と返した。






 ―――――………。





 
 ―――ゼノン・エルドレイス。

 エドゥアール二世(実名フォルネウス)を養父とする。二十三歳で高位神官となった後の数年間で、指名手配犯らを倒し、同じくアガレス・リッヒィンデルの捕縛にも関わった。
 それらの功績から、枢機卿に選出される。

・以下補足
 聖都の神官、シエナ・フィンデル(後にシエナ・エルドレイス)に一目惚れし、熱烈すぎる求愛の末に見事結婚したという。彼のファンクラブは泣く泣く解体されたらしい。
 愛妻家で有名。



 
 ―――シエナ・フィンデル

 実親不明。セラヴォルグ・フィンデルに保護され、養娘となる。養父亡き後はアーレンス・ロッシュのもとで育ち、神官になる。自身に関することを含んだ多くの事件に巻き込まれるも真摯に立ち向かい、他の神官らと協力しながら解決させた。

・以下補足
 ゼノン・エルドレイスから熱烈な求愛(?)を受けていた当時、彼女自身は戸惑い、彼に渾名をつけていたらしい。
 彼女を泣かせると、とある人物らが黙っていないというのは、一部に知られた事実である。






 ―――例の"とある神官の話"は、時間の流れによって静まる。



 が。



 "とある二人"の間に生まれた子が成長した後に、何故かまた浮上することとなる。


 それはある夫妻に思い出でを甦らせることになり、また、とある者はニヤニヤしながら話すことになるのだが―――――それはまだ、ここより先の話である。






《とある神官の話》 了