……旅行、か。
 聖都から出るならどこでもいい。だが、バルニエルだと少し困ったことになりそうだ。だって、アーレンスらがいるし、レオドーラもいる。

 行き場所は、二人で決めればいい。




「……あの、シエナさん」




 呼ばれて、あれこれ想像していたのが現実に引き戻された。
 目の前には、困った顔をしたゼノン。




「怒ってますか…?」

「どうして私が怒るんです」

「急に黙ったから…」




 急に口を閉ざしたのを怒ったと思ったらしい。
 怒ってません。そう返す。
 女には色々とある。男にはないだろう悩みとか。それは男だってそうだろう。好きなら近づきたいとか、そういうのを思うのも、わかる。




「旅行、これから予定たてましょう」

「えっ」

「嫌ですか」

「まさか!でも、その」

「黙ったのはちょっとびっくりしたというか…」




 しどろもどろとしてしまう。

 別に旅行が嫌だとか、そういうのではない。

 恋人ならば、抱き締めたり抱き締められたりする。キスだってする。それは、相手が好きだからこそ出来るもので。私は、ゼノンが好きだ。だが、羞恥とか様々なものが入り交じってどうしようもなくなる。

 そういうのは、誰かに相談するのも方法の一つだ。だが、やはり自分でなんとかすることになるのだ。
 だって、私自身のことだから。




「ど」

「ど?」

「その…どきどきしたり、驚いたり恥ずかしかったりすることが多くて、ゼノンさんにどうしてあげたらいいのかさっぱりだから―――」

「シエナさんはシエナさんのままでいいんですよ!私のことなんか」

「ゼノンさんだから、何かしてあげたいと思うんじゃないですか。今まで助けて貰ってばかりだったから…」

「っ…!」

「でも、私は経験なんてないし、また困らせるかも知れないから―――ゆっくりでお願いします、だなんて。その、駄目ですか」




 ゼノンが口許を手のひらで覆った。目が泳ぎ、何となく顔が赤い。

 私も私で内心、猛烈に恥ずかしくて悶えていた。穴があったら入りたいというような状況である。




「駄目なわけないじゃないですか」




 ごまかすように料理を頬張った私に、ゼノンがまだ顔をわずかに赤く染めたままいう。




「シエナさんってば、最近狡いですよね。無敵ですよ」

「な、何が」



 狡いだなんて。
 確かにちょっと悪戯心がうずいて、ということはあるが……。



「知りたいですか」

「ええ」

「教えません」

「どや顔で言わないでください!」




 ―――ああ、本当に。
 
 私もゼノンを狡いと思うことがあるから、お互い様かも知れない。
 
 二人で笑いながら、幸せだな、と思った。




  * * *