「以前片付けを手伝ったときに見ましたが…中々興味のそそられるものばかりで、流石だなと思いましたよ」

「そうですか?……真面目なのもありますけど、よくわからないのも多いんです。変な生き物図鑑とか、どこで使うのかさっぱりですし」

「それは、あれですよ。変な生き物に遭遇した時に使うんです」




 そのまんまじゃないか。だが、まあ、それしかない。会うことがあるのかわからないが。


 話しながら、棚の前で佇むゼノンをちらっと見る。私服とはいえ下げている剣を見れば彼が神官であるということがわかる。

 本を手に佇む。
 本当に、絵になる。本棚の前にたっているだけなんだが…。




「シエナさん、そんなに見つめられると照れます」

「っ!」




 くるりとこちらを向いたゼノンに、焦る。見ていたのを知っていたのか!

 私が見ているのを知っていて、知らない、気づいていないというような顔をしていたらしい。
 してやられた感に、脱力した。だが、悪戯心が閃きを生む。




「ただ、ゼノンさんに見惚れていただけです」




 案の定、ゼノンは本を持ったまま「えぇっ」戸惑い、どうしたらいいか迷ったあげくに会計をしてくるといって――――逃げた。
 その背中を見守りながら、笑ってしまう。

 私とゼノンが付き合う、恋人という関係になってから毎日(ではないが)、彼とこうして話したり一緒にいるときに冗談(といえるのかわからないが)も言えるようになった。一種の仕返しともいえる。だって、ゼノンは私をいつも照れさせるから。


 私は友人が少ない。
 自分でいっていて悲しくなるが、事実だ。なので、女友だちと行動するよりもなんだか、ゼノンらと一緒にいるほうが多かった気がする。しかも、いろんなことも経験した。
 友人が熱を出したら、見舞いにいくとか看病するとかよくある。ゼノンが熱を出したときに看病(あれはブエナがほとんどしていたが)したこともあるし、ノーリッシュブルグで私が目を覚ましたらゼノンがベッドに伏せって寝ていたということもある。

 女友だちより踏み込んだことをされているのだ。
 まあ、アゼル先輩には敵わないが。



 会計を終えてゼノンが戻り、お昼にすることにした。
 時間も時間なので人が多い。知り合い…もしくは私らのことを知る人がいないかと一瞬思う。からかわれたりするのはまだ苦手だ。





「シエナさんって、長期休みはいつとってるんです?」

「え?長期休みですか?」




 祝日以外に、長期休みが保証されている。よく夏と冬にわけられることが多いが―――私は不規則だった。大体みんなが休みを取りたい時期というのは同じだから、私は彼らが仕事に戻ってきたころに休みをとる、というパターンである。ときには人手が云々といわれてしばらくとれなかったり、ということもあるのだ。

 だから、いつという言葉に困ってしまった。

 休みについて答えると、ゼノンは「旅行行けるかなぁと思いまして」だなんて少し照れたようにいう。
 一瞬ぽかんとしてしまったが、言葉を理解して「え、え?」と戸惑う。

 旅行って……。




「嫌ですか」

「いえ、そ、そうじゃなくて―――びっくりしましたよ。急に、そんな」




 女同士で個人の旅行なんていう経験は私にはない。
 旅行といったら、お泊まり、な訳で。




「シエナさんが感じている煩わしさを、気分転換に遠出すれば少しは紛れるかなと」

「私の…?」

「聖都には知り合いや友人に、私らのことを知っている人ばかりです。一歩出ればまた違ってくるでしょう。長期休みではなくても、連休とかでも遠出出来るかもと思って―――あ、決して疚しい気持ちはありませんよ。…嘘ですごめんなさい少しはあります男ですからすみませんごめんなさい」




 後半の言葉は一気に発せられた。重ねて謝るそれに、ちょっと冷静になる。

 しかし、そうか。
 彼が気にしないはずがない。彼は、私をよく見ているから。

 私へと向けられる視線はなにも"ゼノンの恋人"であるからだけではないのだ。リリエフの時もそうだった。……有名人になとなりたくない。

 視線にうんざりしていることは、彼も知っていたから考えてくれたのだろう。