とある神官の話





 何処からともなく姿を見せては、私に話しかけてくる。意味がわからなかった。どうしてそんなことをするのか。相手は私より位が高いから、私はただただ、辟易としながら話すしかなかった。だって、ファンクラブまであるとかいう"あの人"が、美人でも有名でもない私にどうして絡んでくるのか。

 そのせいでファンの人に睨まれることになったのだ。
 私ははっきりいってどうでもよかったのに。

 どうしてそっとしておいてくれないのか。興味?だとしたら、私の過去を知ったらどういう反応をするのだろうかと考えた。私の過去は限られた人しか知らない。彼は知らないはずだ。そんな彼が、あんな過去を私が持っていると知ったらどうなるだろう?

 

 親しくなってからも、怖かった。

 知られたらと怯えた。軽蔑。冷たい目。去っていく背中。そうなってしまうのではないかと思っていたのだ。


 でも彼は、知ってもなにもなかった。変わらなかった。



 どれだけ、私が驚いたか知っているだろうか?
 どれだけそのことが、私を救ったか。
 彼は、わかっているのだろうか……。




 私は草原を、宛もなく歩いた。さらさらと風がふき、草が音をたてる。ここは、きもちいいけれど、やっぱり寂しい。


 一歩、足を出した。

 地面を踏むはずの足は、そのまま何かにぶつかることはなった。傾いた体は、途切れた草原から落ちる。落ちたというのに、まわりは青。空だった。どうして、だなんてわからない。

 わからないから、身を任せた。
 ゆっくり息をして、目を閉じる。

 
 ある程度していると、落ちているのかわからなくなった。変わりに、くぐもった声がした。



「―――ん、起きて―――さん」



 多分。
 あの人は、物凄く馬鹿なんじゃないだろうか。
 私のむごたらしい過去を知っても、好きだというなんて。
 危険だとわかっていて、助けようとするなんて、本当に。



 青空は少ししか見えなかった。




「シエナさん!」




 変わりに視界に飛び込んできたのは、さらさらな銀髪だった。少し疲れているような顔だったが、相変わらずムカつくほど美人だった。
 ああ、本当に…。




「やっぱり……」

「え、あ、何です!?やっぱりって。というかシエナさんですよね?本物の!」

「――――貴方は馬鹿です」

「えぇ?」

「大馬鹿野郎の奇人変人ストーカー予備軍のくせに…本当に…馬鹿で」




 視界は、ゼノン・エルドレイスのせいで暗くなった。
 彼が私を、抱き締めたのだ。




「本当に…いつものシエナさんですね―――よかった」




 私はされるがままだった。
 普段なら何してるんだ!と追っ払うのだが、今はぐったり体が重くて動かないのだ――――不思議と嫌じゃない。

 話すのは久しぶりだな、とぼんやり思っていると、だ。

 すぐ近くにも、人がいることに気づいた。




「てめぇいつまで引っ付いてやがる!離れろ!」



 この声は、と思うとゼノンは少し体を離した。そこには、やはり腐れ縁のレオドーラがいて驚く。そこにいたのはレオドーラだけじゃない。



「どさくさっていうやつだな、あれは」

「でしょうね。となるとやはり、ぶちゅっとやるべきではないでしょうか。うふ」




 はっとして見ると、「やあシエナ」と挨拶するみたいに手をあげたハイネンと、「大変だな」とゼノンのそれをいうランジットもいることを知る。それからもう一人。「アガレス、さん…?」青色の髪の長身がいて、何故か唇をふるわせ―――――「外野は黙ってなさい」

 私はまたぎゅうと抱き締められた。少し痛いし、何だかぐらぐらとする。

 なんなんだこの状況は。
 体の不調と、この状況。少し懐かしく感じた。

 それぞれの会話は続く。




「早くどけよ!シエナが圧死する」

「羨ましいですか」

「なっ…!てめーちょっとツラ貸せよツラぁ!」

「見てくださいアガレス。修羅場が出来ていますよ」

「お前、少し喋るな」

「なんつーか、平和だな…」




 すぐ近くでゼノンとレオドーラがにらみ合いをしている。仲悪かっただろうか。あまり記憶にないが…。

 ずっと怠さと妙な眠さと戦っていたのだが、限界だった。




「……シエナさん?シエナさん!?」

「おいしっかりしろ!」




 意識を飛ばしたシエナに青い顔をしながらあわてふためいていると、森から見知った顔が出てきた。
 
 怒鳴り声が二人の男に向けられているころ。



 聖都から派遣されてきた神官が、ここまで追い付いてきたのだった。