とある神官の話





 レオドーラは木の根なんかを飛び越えつつ、一旦止まった。
 追ってくるか?
 怒ったような感じはしたが、わからない。レオドーラは暑いと神官衣の首回りを広げる。汗で気持ち悪い。

 今の持ち物は水筒に、短剣に何本かのナイフ。立ち向かうには心細い。だが、出来ないことはない。
 乱れた呼吸を落ち着かせながら、周囲を警戒しておく。

 暑さもあるから、何だか頭が働かない。まあ、レオドーラは頭脳派ではないから、働かないのはいつもか、などと思う。
 よし、いつも通りだと思いながらもこのままではいられないと考える。当たり前だ。このまま幽鬼とおいかけっこだなんて真っ平である。


 ―――悲鳴のようなものが聞こえた。
 追いかけてきたらしい。そんなに俺が好きかよ、とぼやいている場合ではない。


 そして、「あ」と思った。
 何も、幽鬼はあの二体だけだとは限らない。

 奥からも幽鬼は顔を見せ、レオドーラに向かってくる。なんだよ!
 もちろん逃げるも、相手は幽鬼で馬に乗っている。すぐに追い付かれた。
 ナイフよりも頼りなる短剣を手にしたが、一撃を受け止めきれず流しながらよろめく。それが悪かった。
 坂となっていたそこを、体勢が整わないままで転げ落ちた。漸く止まったかと周囲を見る。真上には木々の葉の間から太陽の光がさしこんできていた。

 暑いし痛いし、最悪じゃねえか。

 やべえかも、とすぐさま立ち上がろうとするも力が入らない。それでも無理矢理立ち上がりながら短剣を探す。短剣は近くに転がっていた。手を伸ばそうとするも、その間に刃が突き刺さる。
 まじでシャレになんねぇぞ、これ。
 跳ねるようにして後退。刃をかわしてまた距離をとる。目眩がした。

 レオドーラは隙を見て短剣をとり、木の枝を利用しながら、幽鬼の首あたりに短剣を突き刺す。揺さぶられるような悲鳴。すぐに抜いてまた突き刺す。何度かしたら、煙のように消えたので息をはく。


 ―――しかし。


 今倒した幽鬼の悲鳴のせいか、はたまた運が悪いのか、新たに幽鬼が姿を見せたことに「まじかよ」顔をひきつらせた。
 体力にも限界はあるのだ。
 だが、向かってくるなら生きるためになんとかしなくては。

 重い体なんか無視して短剣を構える。だが、向こうは動かない。いや、動けないのだ。なんせ―――――首を切り落とされたのだから。





「……は?」




 そういうしかない。
 一体何があったのか。

 レオドーラは煙のように消えていく幽鬼のすぐそばに、奇妙な人の姿をとらえた。この季節だというのに長外套を身にまとい、かつフードをかぶっていた。手には剣があり、こな人物が幽鬼を倒したのだろうか、しかし剣を抜いたのが見えなかった……。

 なんだ、こいつ?

 警戒したまま口を開こうとしたら、先に「大丈夫か」と相手に言われ思わず「なんとか、生きてる」と返した。

 いやいや、そうじゃねーだろ。


 その人物がこちらへと顔を向けた。

 フードの下には、白い肌。紅色の唇に凛々しい顔立ち。レオドーラ自身、よく女に間違われるが、まるで、なんというか……。男なのか女なのかわからないその美貌が、こんな場所にはかなり不釣り合いだった。




「あんた、こんな所で何してんだよ」