何が、という疑問を持ったまま幽鬼からの攻撃を避ける。
 幽鬼は決して弱い相手ではない。魂を売り渡した者の成れの果ては、こうして生きている者をぞっとさせるほど冷たいなにかがある。
 アゼル能力を使って武器を出し投擲。ラッセルの近くにいた幽鬼に刺さり、悲鳴。悲鳴までもが心を捕まえて鈍らせる。だがそんなことで怯む訳にもいかない。
 浄められた刃は闇の者、魔物には強い効果を発揮する。
 悲鳴をあげる幽鬼が炎に包まれた。ラッセルの能力であろうが、悲鳴があがり騒がしくしてしまった以上、長居出来ない。アガレスもそれをわかっているため、その動きには容赦なく幽鬼を刻む。そして、最後の幽鬼を体ごと地面に縫い付けた。そのまま身動きとれない幽鬼に、アガレスは近づく。




「何をするつもりだ?早く離れるぞ」

「見てからだ」




 見る?何をだ?
 ラッセルが周囲を気にしている一方、アゼルは見るといったアガレスに興味を抱く。
 知らないことなど世の中にはいくらでも存在しているし、知らないもののほうが知っているものよりも断然多いこともわかりきったことで。
 アガレスは地面に縫い付けた幽鬼の顔近くへと膝をつく。そしてゆっくりと顔を近づけ、いったとおり"見て"いるようだった。ただでさえ近くにいるだけでも不愉快なそれだというのに……。
 まて、とアゼルはアガレスをとめ、彼と反対側で膝をつき「私にも見えるか」と聞いてみた。
 アゼル自身、平然としているが、内心は不安と恐怖にさいなまれていた。だが、それよりもやらなくてはならないことがある。覚悟しているのだ。
 アガレスはふっ、とわずかに笑い「見るといい」といった。アゼルもまた笑みを返し、「ラッセル」と黙っていたラッセルへも声をかける。
 



「ああもう、どうにでもなれ」




 それぞれ近くにいき、見る。
 幽鬼の目。不気味な穴。闇。何が見えるというのか―――なんだ?

 ぼんやりも見えたのは、誰かの手。動かない。そしてそれに、横からまた別の手が伸びた。その手が誰かの手に触れる前に、光を帯びる。強く弾かれ、その手は宙で行き場を失ったように止まった。
 ベッド。そこにあるのは、見覚えのあるもの。神官服だ。『本当に死んだのだろうか』 その声に、アゼルとラッセルははっとする。アガレスからは殺気がにじみ出ていた。
 ベッドのすぐ近くに、枢機卿衣が見え、横顔が露となる。金髪。ああ、やはりこいつか。アゼルは拳を強く握る。
 だが、問題はそいつじゃなかった。




「シエナ!?」

「おいおいシエナが何で……」




 ベッドに寝ているのは、シエナだった。何故。悲鳴に近いアゼルの声があがり、ラッセルまた「どうなってるんだよ」と呻く。
 確か、あの子は守られているはずなのに。アゼルは見える光景で、金髪の男がさらに顔をずらした先に、ヤヒアがいるのが見えた。ヤヒアは長椅子に横たわり、目を閉じていた。
 ああ、何故。




「これは、本当なのか!?」




 アゼルの問いにアガレスはこたえず、じっと見ていた。アゼルもまた目を見ると、男がヤヒアから振り向く。



『私に勝てると思っているのか?―――死に損ないめ』



 アンゼルム・リシュターが、こちらを見て悪魔のような笑みを浮かべていた。




  * * *