―――――バルニエル。


 建物の一室。そこには何重にも防御術が掛けられていた。街中までに堂々と出てくることはないとも言えなくなっていた。
 一室は、医務室である。
 医務室特有の消毒液のような匂い。白色を基準としたその場所に、何人かの姿があった。その二つのベッドに横たわるのは知り合いである。




「どうして……」




 そこにいるのは、ロッシュ兄弟だった。どちらも手当てのあとが痛ましい。

 それは少し前のことだ。
 ノーリッシュブルグから連絡が入った。
 フォンエルズ枢機卿があのイェルガンを保護していたのだが、そのイェルガンが瀕死の重症だという。
 闇堕者の捨て身によって、だ。
 そんな連絡があって、アーレンス・ロッシュはバルニエルにいる神官らに強く警戒を求めた。その息子であるファーラントとクロイツもそのために動いていた。
 私自身は、アーレンスに止められもどかしいまま自宅にいた時だ。珍しく切羽詰まったような顔をしてレオドーラがやって来たのは。そして、ファーラントとクロイツが負傷したことを告げたのである。
 私は慌てて家を飛び出した。

 そして――――今。




「どうしてっ……」




 こんなことになるのだろう。
 何が、何故、どうして。そればかりが巡る。
 ジャナヤ、ノーリッシュブルグ、ヴァン・フルーレ……。闇堕者。私の過去。いろんなことがあって、私は一年前の私より成長したかなだなんて思うこともあって。
 確かに成長はしたのかもしれない。
 だが―――。

 ノーリッシュブルグで、私は彼からネックレスを貰った。ストーカー予備軍だなんていって、放っておいて。
 それを、今の今までずっと身に付けているのは…どうして?
 ネックレスに指を触れさせながら、「シエナ、か」という声を聞いて顔をあげる。ファーラントが目を覚ましたのだ。




「大丈夫?誰か呼ぼうか」

「いや…いい。それよりお前一人か」

「ううん。レオドーラが呼びに来て、一緒に。今はアーレンスさんのところだと思う」


 
 
  ならいい。そう言ったとたん大きく息を吐く。隣にはまだ目を覚まさないクロイツの姿を見たようで安堵の表情を浮かべた。




「何があったの」

「不意打ちだった――――」




 結界のぎりぎりの場所でアーレンスと、クロイツらが警戒していたらしい。街中には外部からの魔物などの侵入を阻むようにはなっているが、何が起こるかわからない。現にあのフォンエルズ枢機卿のいるノーリッシュブルグでも事件が起きているのだから。
 そうして警戒している中、それは起きた。
 街の外側、つまり結界の外から民間人が血だかけで這うようにして「助けてくれ!」とやってきた。顔色が悪く、視線も定まらない。事情を聞こうとした時だ。その民間人が刃を振るってのは。
 事情を聞こうとしたのはクロイツだった。真っ先にその刃を受けたが、幸いに深くはなかった。





「だが…人ではない人の形をしたものが数名襲ってきた」

「それって…」

「ジャナヤにもあったような、"人形"だ」




 ――――ああ。
 一瞬色々と思い出して、それらを振り払う。
 人形。ジャナヤに大量にあったそれは、ハインツ…いや、ウェンドロウが引き起こした禍。ミノアでも似たようなことがあったのも思い出す。
 あれと同じような人形が、武器を持ち襲いかかって来たのだという。なら、それを操っている者がいたはずだった。可能性としては民間人を装い刃を振るってきた二人だが、何故か彼らは不利とわかると、刃を己に向けて喉を突き破ったのだという。




「捕らえようにも死んでいたら意味がない。身元は調べているのだろうが…」




 残ったのは死を恐れぬ人形。死の恐怖がないなら、己の体を心配することがない。捨て身状態だった。
 そして――――今に至る。
 人形はファーラントの能力で"緑化"で、絡め取られて粉々に破壊されたそうだ。