とある神官の話






 父の字、か?わからない。
 父は綺麗な字を書くし、このヴァンパイアの古い文字は誰が書いたか判別できない。父、のような気がするが……。書斎にあったのだから。



 <………年。"闇堕者"の一斉掃討。公では闇術を扱い危険な"闇堕者"らが集まっていたとあったが、ひそかに確かめに行く。やはり実験の証拠隠滅を謀った模様。現地は雨曝しの破壊された建物らしき残骸があった。掃討の際の術の残骸でさえ残していない―――やはり杞憂ではいかないようだ>






「これって……」







 待て。証拠隠滅って何。
 闇に堕ちたもの―――闇堕者の一斉掃討。今でもアジトがわかればやるが、実験とは何だ?

 公と事実が違うだなんて、それはどういうことか。公、フィストラ聖国のことだろうか。そうとは限らないが、闇堕者とやり合うのは神官だ。他国とも考えられなくもないが……。
 証拠隠滅。実験。事実とは違う。
 もしかして、かなりまずいものなんじゃないのか。





 <……について、彼もまたややひっかかっていたらしい。闇はやはり深い。アガレスには釘をさしてはいるが、神官になったばかりのハイネンは否定的だった。仕方ないだろう。私だって………>






 アガレス、ハイネン。どちらも私が知る"彼ら"なのか。ならこの字は―――父さん?
 何がなんだかわけがわからない。
 私一人でどうしろというんだ。もしかしなくても、これはまずい。それはわかる。

 数ページしかないそれは、虫食い状態である。続きやそれ以前のページもあるだろうが、今あるのは一部だけ。
 ―――まさかこういうのを探しに、家に侵入したとか……?

 あれこれ考えても意味がない。溜息まじりに"術"をかけて、ベッドに潜ったのはいいが寝られるはずもなく。
 何度も寝返りを打ち、今度買い出しに出ようかなどと考えているといつのまにか眠っていたようだ。

 翌朝の目覚めは最悪で、お風呂から上がって居間にいけばアゼル先輩が「起きたか」と微笑む。






「ランジットさんは」

「あいつなら後で戻ってくるよ。さ、ご飯にしよう」






 テーブルには軽食が用意されていた。先輩とともに食事をしながら、バルニエルといい戻ってきた聖都といい……ゆっくり休めない。
 家は荒らされるし、"まずいあれ"もあるし。
 誰に相談したらいいか。

 鬱鬱としている私に先輩が「もう春だな」と漏らした。






「雪がかなり減った」

「うん…」

「今年も何だか一波乱がありそうだよ。ハイネンが枢機卿になったらまあ、楽といったら楽だけどね」

「楽?」






 どういう意味か聞いた私に、先輩が口を曲げる。

 前にゼノンが話していた"過激派"やら、頭でっかちの馬鹿(アゼル先輩曰く)がいるから動きにくいこともある。何はともあれ味方はいるほうがいい。
 枢機卿という身分と、それに見合う実力。それが必要になることもあると。
 ハイネン自身は「枢機卿?なるわけねーよばーか」状態だったし、興味ない。枢機卿になったとしても必要とあらば枢機卿という身分でさえ捨てるだろう「ああ見えても」






「実力者だからね。認めたくないけど」

「ま、まぁ……」






 じと目をした先輩に苦笑しつつ、そういえばと思った。






「今後私って」

「それなんだが―――――」





  * * *