とある神官の話






 "お前が鍵を握っている。
 真実を探せ。断罪せよ"


 幽鬼から聞こえたあれをふと思い出す。真実を探せとは何のことか?
 考え込んでいた私に「シエナさん」と声がかかる。





「あ、どうかしましたか」

「クロフォード神官に、また襲撃されたらまずいから楯になってこいと言われまして」

「楯ってそんな」






 任せて下さいと真面目にいいつつ、書斎の有様に「酷いですね…」と漏らす。それに私も頷き、溜息。
 手伝います、と本を拾いはじめたゼノンに続いて私も拾っていく。凄い量ですねなどと会話をしながら、荒らされたものを戻していくと――――「これは…」

 奥で片付けていたゼノンが、無残な姿となった本を手に声をあげた。





「どうしまし――――あ」





 ゼノンが手にしているのは、比較的新しいものだ。たまたま開いて落ちていたのを拾った形なので、ページが顕わとなっている。
 そこには日付と、写真。
 一人はやや残念な服装、もう一人はやや照れたような顔をした――――私。






「シエナさん、ですよね」






 ガン見しないで下さい、と言おうと思った。だがそこにある写真を久しぶりに見て、私もうっかり見入ってしまった。
 隣がセラヴォルグさんですか、という言葉に私は頷く。

 アルバムには、写真にコメントが書かれていた。






「か、片付けますよ!」






 ゼノンがアルバムを閉じると、その反動なのか間から何かが滑り落ちた。落ちたのは無理矢理破いたような、本の数ページのかたまり、という感じだった。
 何だろ、と私はそれを拾い上げようと手を伸ばす。

 かなりボロボロで、ぱらりと一枚剥がれたためあわてて掴む。

 アルバムに挟まっていたそれは、誰かが書いた文字が並ぶ。だがその文字は他国の文字のようなものだ。じっと見つめ、うーんと唸る。






「"やはり調べることにする。彼らは何を考えているのわからぬ"?手記かな」

「……読めるんですね」

「え?」






 言われてはっとする。
 この文字はこの国の文字ではない。だがあっさりと読めたのは―――多分、父のおかげだろう。

 これは、ヴァンパイアが使っていた古い文字だ。父――セラヴォルグが時折書いていたのを私は見ていたし、教えてもらったこともある。そんなに得意ではなく"裏技"を使わなくてはちゃんと読めない。
 裏技というのは父から教えられたものだ。ヴァンパイアの古い文字を読む際に、ちょっとだけ"術"で弄るのだ。

 その弄る感覚は説明しずらいのだが、意識を集中させる"術"を使うためちょっと疲れる。





「後で読んでみます。今はちょっとあれですし」

「ええ――――」






 他の本と混ざらないように場所を確保したのち、私は再び本を片付けはじめた。







   * * *





 一般的な枢機卿の略装や正装と、やや異なるのは枢機卿長の服装だ。形などは変わらないが、模様などが些か違う。
 枢機卿長は現在、アンゼルム・リシュターといい、リムエルの男だ。

 今から約二十年ほど前にアガレス・リッヒィンデルが神官、枢機卿殺害したという事件時に襲撃に巻き込まれた人物だ。混乱していた当時、教皇とともに混乱を収めた人物として有名である。




「セラヴォルグが何かしら"術"をかけているとしても、危険性を孕んでいるのは見過ごせません」

「ああ」






 枢機卿長リシュターの向かいには、教皇エドゥアール二世がいた。書類を眺めながら耳を傾ける「というが」






「お前は彼女を閉じ込めず、結果的に"普通"に戻すことに最終的に同意させたのはお前だぞ」

「ええ。貴方が頭に血が上る前に何とかして正解でした」

「お前なあ……」






 確かにそうだが、と苦笑したエドゥアール二世に、ふっとリシュターが微笑む。
 彼女――――シエナ・フィンデルについては様々言われた。危険だとして特殊牢へという者もいれば、いっそのことと過激な者もいた。
 リシュター自身は、危険性を考えて監視をつける、または能力を封じるなどの案に耳を傾け、良い方向へ進め――――結果的に、シエナを"普通"に戻すことに賛成多数となった。
 まだ未成年であった彼女には、後見としてアーレンス・ロッシュがつくのも認めたのである。