とある神官の話







 ロッシュやミスラは、ハイネンと比べると親しかったわけではない。だが、アガレスという男のことは知っているし、話もしたことがあった。

 シエナは、アガレスとは知らずに会話をした。アガレスは彼女が"セラヴォルグの娘"だと知った上で、かつ危険だとわかっていて近寄った。セラヴォルグの、娘に会いに。
 ――――シエナ。




「何故あんなことが起きたのだろうな」

『決まっている。馬鹿ばかりだったからだ。私はアガレスが殺害する気持ちがわからなくもないからな』

「それはハイネンもだろう」




 ―――――何故!
 ―――――何故あんなことを!


 ロッシュはアガレス・リッヒィンデルが引き起こした事件を思い出していた。殺害された枢機卿と、神官。殺害された彼らは、殺害されるだけのことをしたのだ。いや、アガレスに対してだけではない。

 教皇が変わった後、現教皇エドゥアール二世もまた、許さなかったほどなのだ。





「ヴィーザル・イェルガンを知っているか?」

『誰だそれは』





 神官か?と聞いてくるミスラに「ああ」と返す。





「地方の神官だったが、同族故にちょっとな」

『リムエルか――――ああ待て、あれか?"隻腕の剣士"と言われていた』

「ああ。私の知り合いが見たと言っていたのだ。死んだと言われていた男が、な」




 だが、と言葉を継いだミスラにロッシュは返答する。
 ヴィーザル・イェルガンはあのアガレス・リッヒィンデルに殺害されたと言われていた。そんな人物が何故。
 ヴィーザルは昔負傷し、片方の腕のみでしか剣を握れなかった。だが、剣の腕は確かだった。それはリムエルだからという理由もあるのだろうが……。

 ロッシュ自身、消し炭となり死体すら残らない者も当時はいたため、ヴィーザルが死んだというのもまた納得出来ていたのだが――――しばらくたってから、疑問を覚えていたのだ。


 彼が殺害される理由が見つからない。


 黙ってしまったミスラに、ロッシュもまた言葉が途切れた。




『一波乱ありそうだ。聞けばハイネンがバルニエルにくるそうじゃないか』




 せっかく気にしないようにしていたのを!

 ハイネンといいミスラといい、いつもいつも厄介で面倒なことばかりを持ってくる。笑みを含んだ言葉にロッシュは「氷で滑って頭を一度打てばいい」と本気で思った。




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