とある神官の話







  * * *




 ――――――バルニエル。


 深緑の髪を持った男が一人、雪の降る窓を見つめて『久しぶりだな』という声に眉を潜めた。



「あんな手紙を寄越しおって」

『あのハイネンを確実に枢機卿に据えるためには味方は必要だからな』



 耳にあてた受話器から聞こえる声は、ミスラ・フォンエルズ。ノーリッシュブルグにいる枢機卿である。
 ミスラ、ハイネンは問題を持ってくる常習犯なため、バルニエルにいる高位神官であるアーレンス・ロッシュは頭痛がした。友人ではあるが、どいつもこいつも変人ばかりで参ってしまう。

 ミスラからの手紙は、幽鬼のことやシエナ・フィンデルのことも聞いていたが、なにより―――――『さて』




『お前はどうするつもりだ?』

「お前が言うのか、お前が」

『既に"本当"を知っているのはごく僅かだ。猊下は立場上動くことは出来ない』

「……わかっている」




 今から約二十年ほど前に姿を消したアガレス・リッヒィンデル。

 始まりはまだ遡る必要がある"それ"は、今は何人が知っていることであろう。
 アガレス、ヨウカハイネン、セラヴォルグ。アガレスは心を砕いて聖都を去った。セラヴォルグは、娘を守るために命を落とした。そして―――二人を尊敬していたハイネンは、聖都に残っている。

 二人をハイネンは尊敬していたし、アガレスはセラヴォルグを尊敬していたのだ。ハイネンはアガレスをどうにかして止めるつもりでいるだろう。
 命をかけて。




『セラヴォルグが亡き後の後見はお前だったが、シエナ・フィンデルはどうも変人に好かれるらしいな』




 セラヴォルグが亡き後、アーレンス・ロッシュはシエナ・フィンデルの後見人、つまり保護者のような位置であった。それは彼女ば聖都で神官として働いている今も変わらず、たまに手紙のやり取りをしている。
 そして、だ。
 彼女が聖都で名を上げはじめていた若きエリート、ゼノン・エルドレイスに追い掛けられているというのもロッシュの耳に入っていた。入らないほうがおかしい。

 娘同然と思っている彼女に男。
 むろんロッシュは不機嫌となる。





『どうだ、娘を嫁にやる父親の心境は』

「まだあの子を嫁なんぞやるか!」





 うっかりのせられたロッシュの怒声。電話の向こうではミスラが笑っているのがわかる。
 ロッシュがだからこいつは嫌なんだ、と溜息。だがシエナを嫁にやるつもりはまだまだないというのは本音だった。下さいと言われたら一発"緑化"能力を発揮させるつもりでもいた。




「アガレス自身がセラヴォルグの娘を気にかけていたのは間違いない。あいつもあいつで、な。だからこそ密かに会ったのだろう」