何書いてるんだあの人は。
父は気に入った本にはあちこち書き込んだり保存すべくカバーをつけたりする。たまに資料としていた本のページの隅に「シエナが口をきいてくれない」などというぼやきもあったりして、恥ずかしいような嬉しいような心地になるのはいつものことだ。
父が亡くなった今となっては、それすら愛しくて寂しく思う。
気に入った書物が、ここはある。他には神官に関わる本や図鑑。一般家庭らしからぬ光景ではないだろうか。
たまに、こうして意味もなく本を引っ張りだして眺めるのは、やはり……。
目から落ちる涙に、弱いなと思う。弱すぎる。
ジャナヤから戻ってきて、私は茫然自失状態だった。報告書どころではない私に変わって、ハイネンらが提出し、かつ後始末にあたっていた。
現在ジャナヤには神官が派遣され、ハイネンとラッセルが行ったり来たりしているという。
この前手紙で「新年会はいつにしましょう?」と言っていたか、もう新年会をするには時が過ぎていた。本気でやるつもりなのだろうか?
あれはもう終わったことだと―――言い聞かせるしかない。
涙を拭いながら、"林檎姫"を棚に戻す。そんな時だった。ドアのチャイムが鳴ったのは――――――。
「こんにちは、シエナさん」
「な、えっ!?」
また降り始めた雪を肩に積もらせ、外套のフードを取れば、銀髪。しかもかなり笑顔。
何故!
私は即座に玄関の扉を閉めた。ああ馬鹿だ私。ちょっと児童書読みすぎたか?それとも寝不足?ああとにかくではないだろうか。そうに決まっている「シエナさーん」呼ぶな!わかっているよ幻でもなんでもないくらい。
覗き穴から見れば、ちょっと困ったような顔をして(騙されるな私)いるゼノン・エルドレイスがいる。
問題。何故このゼノン・エルドレイスは私の自宅を知っているのか?
「やっぱり――――」
ストーカー?


