とある神官の話




 彼は優秀な神官だった。シエナの義父であるセラヴォルグや、ヨウカハイネンらと並んで、彼は優秀だったのだ。
 それが何故、神官や枢機卿を殺害するという事件を起こしたのか―――。それが未だによくわからないでいる。若き枢機卿であるキースではなくても、他の者もわからぬそれは、一体。

 そして、シエナはアガレス・リッヒィンデルと会っていたこと。知り合いの娘だからということで会いにきたのか?それを、ノーリッシュブルグのフォンエルズ枢機卿が、そしてバルニエルにいる高位神官が否定したという。それだけではないだろうと。



「理由は?」

「言うと思うか?あの人が」



 青い顔をしたキースに、ゼノンが納得する。あの毒舌大魔神ならば言わないに決まっている。いや―――「言えないのではないか?」


 口に出してはいえない過去があるとしたら。
 ゼノンの言葉にキースが目を見開き「つまり」と続ける。



「聖都全体の、ということか?」



 沈黙。
 ただ惨たらしい事件ならば、彼らは頑なに口を閉じることはないだろう。何かまずいことがあるから、口に出せないのか。しかもそれが、聖都に関わることか。
 ―――父は知っているのか?
 ゼノンは教皇となって二十年近くなるフォルネウスを思う。

 何があったのか。何が……。
 思案顔のままであるゼノンに、キースもまた無言でいた「そうだ」




「バルニエル付近で幽鬼が出たらしい」





 幽鬼。
 魔物とも分類されるそれは、元ヒトである。悪に魂を渡したか、あるいは支配された亡霊である。
 あまり姿を見せることがないが、邪悪なる者とされ、たまに神官と戦うような相手だ。
 彼らは何かしらの目的があって召喚されるはず。幽鬼がいればつまり、喚んだ主がいるはずなのだ。



「バルニエル付近に……」

「ロッシュ高位神官らが喚び主探しに動いている。それから、ノーリッシュブルグでも見かけたらしい。ノーリッシュはフォンエルズ枢機卿から聞いた」



 声が不気味に笑っていた、と青ざめたキースにゼノンはうっかり想像し、やめた。想像でき過ぎる「ゼノン」