とある神官の話




  * * * 



 印を押し、サインをする。また新たな書類に目を通しつつ「あ?」と顔を上げると、柔和な笑みを浮かべたエドガー・ジャンネスがそっとコーヒーを置いた。



「お疲れ様です」

「おっちゃんこそ、行ったり来たり忙しいだろうに。休んでるのかちゃんと」



 代理という文字が外れ、正式な副局長という地位にいるエドガー・ジャンネスはひっそりと、教皇のもとへ往復しているのをヘーニル・ロマノフ局長は知っている。
 年配だからといってやや不安なのは不安なのだが、ジャンネスはけろっと「若い者には負けませんよ」と笑った。
 今聖都の内部――――宮殿内はややピリピリとしていのだ。ジャナヤの件を見事片付けたハイネンを賞賛している声も出ているが、敵対しているやつらもまた何かしら動こうとしているだろう。

 春になれば新たな枢機卿が選出されるのに、名前があがるのは間違いない。それに本人も珍しくそのつもりだというのが、また何やら一波乱ありそうだな、とロマノフは思う。
 そして、だ。



「勝算があるからこそなんだろうが……ハイネンはいつもよくわからねえな」

「今更ですか?」

「いやそうだが―――あの子もまあ、変な奴らに好かれるよなと思ってな。ありゃこれからも苦労する」

「ええ、そうでしょうね」



 ロマノフがいうあの子というのは、シエナ・フィンデルである。
 最初はあのゼノン・エルドレイスが追いかけていると密かに話題になり、名前が知られた彼女。ただの神官だった彼女が、様々なことを経験した。
 能力持ちでかつ、その中でも珍しく"魔術師"である彼女に経験をといったのは教皇である。そして――彼女は成長した。が、それと引き換えに傷も負ったのだ「おう、ランジット」

 入ってきた男に、ロマノフは声をかける。ランジット・ホーエンマイムはやや疲れた顔をし、書類を渡してきた。



「どうした」

「ゼノンが不機嫌なんだ……その、時期が時期だから」



 時期?生理か?と品のない言葉を言ったロマノフを無視し、ああと納得したのは元々ゼノンとともに仕事していたことが多かったジャンネスである。

 春というにはまだ遠いこの頃。