「夢を見せる人のうた」
「どうも。私はこの世界の案内人。矢破上 神です。今のこのネットが普及した世の中は顔を見せなくても他人と友達になることが出来ます。まあそれを友達と呼んでいいかは疑問ですが……。そして、声しか知らない相手の顔を想像したり、創造したりするわけです。もしも、顔を知らない仲のいい友達が、ある日突然顔を見せてきて、それがイメージどおりではなかったら、きっと夢が壊れてしまうでしょう。今回は一人の少女に夢を見せ続けた、そんな宇宙人の物語です。」


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 僕はこの惑星チーキュにやってきた。何のためかって、それはチーキュの人たちと友好関係を結ぶためだ。僕たちの惑星(チーキュではグリーゼ581Dと呼ばれている)の科学力は宇宙旅行が出来るほど進んでいるけれど、僕たちの惑星の住民はみんな、チーキュの人に比べるととても貧弱だ。チーキュ人が相手を殺さないために使うゴムの弾丸だって、僕たちは当たると死んでしまう。
 だから僕たちはチーキュにやってきた。チーキュ人がいつか宇宙旅行が出来るほどの技術力をもった時に、僕たちの惑星に来ても大丈夫なように友好関係を結びに来た。


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「フー、ヤットツイタカ――翻訳機モ、キチント働イテイルナ」
 どうやらチーキュの島国に着陸したらしい。
「ココハ、情報デハ『にっぽんぽん』ッテ国ラシイナ」
 僕の使っている翻訳機は最新式だ。翻訳させたい言葉を使っている人に装置を取り付けて、音の波形や、発音の仕方、言葉の使い方のデータを得て、戻ってくる。あとは中に組み込まれた機械が勝手に僕の言葉を翻訳して喋ってくれる。
「ウーン。デモヤッパリボクノ声ジャナイカラナンダカ慣レナイナ」
機械の声は装置を取り付けた人の声の波形を完全に再現するので、その人の声になる。また、機械が音を合成するのでどうしてもロボっぽい無機質な喋り方になってしまう。だからこの喋り方は別に宇宙人だからってわけじゃない。
「アー、アー、ドウヤラコノ声ノ感ジカラ察スルト、装置ガツイタノハ、ちーきゅ人ノ女ノ子ラシイ。僕モ女ノ子ダカライイケド」
 とりあえずチーキュ人に接触しよう。
 ちょうどあそこにチーキュ人の大人がいる。
「スミマセーン。コンニチハ、ぐりーぜノねばだカラキマシタ」
「うわっ! ……」
 なんだろう。叫んだと思ったら突然黙ったぞ。ああ、さては僕の美貌に見とれているのかな。こう見えても昨年のミスグリーゼだったんだ。
「なんだ!? これ!? 誰かのイタズラか? こんな変なロボットに挨拶されるなんてなあ。声は藤田咲っぽいのに。見た目がこれじゃホラーだよ。まったくもう。片付けておくか」
 そういうと男は僕を持ち上げて何処かに連れ去ろうとした。
「ヤメロ! ハナセ!」
「初○ミクの声で言われても……。っていうかこのロボットすごいな。こんな風に反応もするなんて。触った感触もやわらかくてまるで生き物のよう……ってまさか生き物じゃないよな……」
「生キ物デス。宇宙人デス。ダカラハナセー!」
 すると男は僕を放り出し――。
「ぎゃー! キャトルミューティレーションはイヤだー!!」
 そう叫んで逃げていった。
「マッタク、失礼ナちーきゅ人ダ。――トコロデコノ声ノ持チ主ハ藤田咲トイウノカ。適当ニ『こんびに』トカイウトコニ装置ヲ飛バシタカラ名前ハ分カラナカッタ」


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その後、僕はチーキュを見て回ったが、やはりどこにいっても避けられてしまう。
『気持ち悪い、あっちいけ!』とか『悪霊退散!』とか言われたこともあった。
 僕はもう、チーキュにいるのがイヤになってきた。
 ――ドンッ
「ウワッ」
「キャッ」
 よそ見をしていたので、チーキュ人の少女にぶつかってしまった。
 この子と同い年くらいのチーキュ人の女の子にはさっきも会ったが、近寄ろうとしたとたん泣き出されてしまった。
「ダイジョウブ? 怪我ハナイ?」
 泣かれたら大変だからできるだけ優しい言葉をかけた。
「大丈夫よ。それにしてもアナタ、可愛い声ね」
 この子は僕の姿を見ても驚かないのか?
「そんな可愛い声ならきっとあなたも可愛いんでしょうね」
 僕も女の子だからこんなに可愛い可愛いって連呼されるのは嬉しい。――あれ? きっと可愛いんでしょうねって、もしかしてこの子、僕のことが見えていないのか?
「モシカシテ、目ガ見エナイノ?」
「そうよ、よくわかったわね、今よりもっと小さい頃に事故でね、お医者さんが言うには今の地球の技術じゃ治すのは無理だって」
「ソウナンダ……」
「あ、自己紹介がまだだったわね。わたしは舎東はるみ、アナタは?」
 どうしよう、きっと本当のことを言えばこの子も僕のことを怖がるに決まっている。
このときの僕はずっとチーキュ人に怖がられてたから、こんな風にチーキュ人の女の子と話が出来て嬉しかったのだろう。ちょっとしたウソをついてしまった。
「僕ハ、偉大ナル大魔法使イ、あれいすたーくろうりー。魔法使イダカラ君ノ願イヲナンデモカナエテアゲヨウ」
 何でこんなウソをついてしまったのだろう。目の見えない少女に同情してしまったのかもしれない。
「じゃあ、魔法使いさん、わたしに――世界を、見せて」


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 僕たちの惑星の科学力なら簡単に治せるだろうと思っていたけど、そう簡単ではないみたいだ。どうやら少女は事故で両目の網膜がズタズタになっていて目が見えないらしい。それを治すにはやはり新しい網膜が必要だ。少女の髪の毛の細胞から新しい網膜を作り出すのは、技術的には難しくないが、チーキュ人の細胞だから培養に時間がかかる。少なく見積もって一週間といったところだろうか。
「ウリちゃんこっちこっち! 今度は鬼ごっこやろうよ!」
 ということで手術が終わるまでの間この子の遊び相手になることになった。目が見えないせいで友達もあまりいないらしい。それと、ウリちゃんというのはクロウリーのウリらしい。
「鬼ゴッコッテ、オイカケッコスル遊ビデショ? 目ガ見エナイノニデキルノ?」
「できるよ。地面の振動と音をたよりにやるの。かくれんぼは出来ないけどね」
 それから僕たちはいろんな遊びをした。チーキュの遊びは楽しい。まあそれはきっと大好きな友達とだからだろうけど。
「この公園の時計、二十分進んでるね」
「ホントダ」
「じゃあアナタと二十分多くいられるってことね」
「ヨクワカラナイケド、ソノ考エハオカシイトオモウ」
 たまにこの少女はよくわからないことを言う。
 僕たちは遊んだ。日が暮れるまで遊んだ。また明日ねって手を振ると、少女も手を振った。素晴らしい時間だった。
 出来れば、ずっとこの子と一緒に居たい。そう思った。でも……。


     *          *          *


「ヨシ、コレデ完成ダ」
 一週間が経ち、ついに網膜が完成した。
「ソレジャア今カラ君ニ魔法ヲカケルヨ、目ヲツブッテイテ」
「つぶらなくても見えないわよ」
そう言って少女は笑った。
「今カラ君ヲ眠ラセルケド、起キタラ見エルヨウニナッテイルヨ」
 僕は少女に麻酔をかけた。すると少女は眠りについた。
 手術はかなり難しかった。なんせ体の構造が僕たちと違いすぎる。それでも僕は手術をした。この子の笑顔が見たかったから。
 ここでふと、僕は思った。この子の目が見えるようになって、僕の本当の姿を知ってしまっても、この子は友達でいてくれるだろうか。
 色々な悪い考えが頭の中を埋めていく。この手術さえしなければ、この子は僕の友達のままだ。理由をつけて手術を長引かせてもっと一緒にいればいい。そんな風に思った。そこで、手術の前に少女が言っていたことを思い出す。
――「わたしね、目が見えるようになったら普通に生活したい。普通に勉強して、普通に働いて、普通に結婚して、普通の家庭を持って。――それがとても難しいことだってことはわかってる。でも、わたしには普通って言葉がとっても輝いているように思えるの」――一緒に居たい。そんなものはエゴだ。そんなものの為に、この子の輝く未来。普通の未来を壊すなんて。僕には出来なかった。普通の未来に、宇宙人なんて特異な存在はきっと要らないだろう。
 僕は手術を続けた。
「終ワッタヨ。ソノ包帯ハマダ取ラナイデネ」
「うん。ありがとう。ウリちゃん、わたしね、目が見えるようになったら一番最初に見てみたかったものがあるの。なんだと思う?」
 この子が言おうとしている事はわかった。でも、それは……。
「ナニカナ。星空トカカナ」
「ちがうわよ! ウリちゃんが、アナタが見たいの――。」
 きっと、その願いはかなえられない。これから僕がする行動が、ただの自己満足。現実からの逃避だってことはよくわかってる。それでも僕は決めたんだ。
「ゴメン。ソレハ無理ダ。僕タチ魔法使イハ人間ニ姿ヲ見ラレテハイケナインダ。ソレニ、きらきらッテ輝イテル『普通』ノ世界ニ、僕ミタイナ魔法使イハイラナイダロウ? ダカラ、コレデオワカレダヨ。サヨウナラ。――ハルミチャン」
最後の方は、泣きながらだったから、自分でも聞き取れないほどの小さな声だった。
僕は宇宙船に乗って自分の惑星に帰っていった。
地上には、せっかく見えるようになった目を涙で濡らす一人の少女がいた。



                             完