「桃、クラブの合宿あるんだろう?」

「はい。」

「ミス伊藤は社交的だから、毎年海外の友人を講師に招いてくれるんだ。

ネイティブスピーカーに接するチャンスだ。」

「はい。」

「僕たち3年は、この夏からほとんどがゼミでつぶれる。

夏が終わればあと半年で卒業だから、かなりシビアだ。」

「そう、ですか、お勉強、大変ですね。」

「桃、君の高校生活はまだこれからだ。一番いい時を逃すなよ。

何か一つでいいんだ。その一つでさえ、つかめなかったヤツもいる。

君ならきっと楽しいことばかりだと思うが。」

「何か一つって、何でもいいのかしら?」

「ああ、何でもいい。」

「恋でもいいのかな?」

「えっ?」

「だって、何でもいいって言われたから。

私、死ぬほどの恋をしてみたいんです。」

「・・・・・」

武田さんは黙ったままだった。

どうしたのかな?

私、何か変なことを言ったかな?

「武田さん?」

「えっ?」

「お掃除が終わりました。」

「そうか、ありがとう。」

「武田さん、私、この3年間で必ず一つ恋をしたいんです。

高校生の時の恋と、大人になってからの恋とは違うと思うんです。

もし私の思うような素敵な恋ができたら、

回りの何もかもがバラ色に思えるんでしょ?

恋ってそういうものなのでしょ?」

「そうだな、きっとそうだと思う。」

「よかった。やっぱりそうなんですね?」

北側の窓からいい風が入ってきた。

武田さんの髪がサラリと風に揺れたのを私は見逃さなかった。

いいな、風に揺れる髪で。

彼のクリアなメガネが光っていた。

メガネの奥にある彼の瞳は、私でなく、遠い所を見ていた。

「あの、私、そろそろ失礼してクラブへ戻ります。」

「桃、あ、いや、楽しい夏休みを。」

「はい。」

私は生徒会室を出た。