早く玲くんと合流して、この塾から逃げ出そう!!
あたしはクオンを抱えて、玄関へと続く元来た道を駆け戻る。
背後からの蝶は1匹、2匹じゃない。
あちこちから飛んで来ては数を増やして膨れあがり、あたしを追いかけてくる。
そういえば、掲示板の前で溢れ返っていた人だかり。
あれが全て襲われれば惨劇となってしまう。
あたしは走りながら叫んだ。
「皆、早くそこから逃げ…ええええ!!!?」
居なかったんだ。
あれだけの数の生徒が、誰一人として。
逃げたのだろうか。
いや、違うだろう。
辺りが静まり返りすぎだ。
悲鳴もざわめきも…何一つないんだ。
「……きゃっ……」
考え事をしていたせいか、あたしは何もない空間で躓(つまづ)いて、身体が前に傾いてしまった。
転んだら…殺られる!!!
「ぐををををを!!!」
床に着いている軸足が、ぐぎっと嫌な音をたてた気がしたけれど、あたしはスケートのスピンのように、前傾の状態から無理矢理身体を捻り、宙に浮いていた反対側の足で横の壁を斜めに蹴り、その反動で素早く姿勢を戻すと、また駆けだした。
ずきずき、捻った足が痛む。
例え後で足が腫れ上がって動かなくなっても、此処は根性で乗り切ってやる!!
あたしはラグビーのボールのように、片腕にクオンを抱え込んで駆け抜ける。
あんなに重かったカバンなのに、重さはまるで感じない。
人間のソノ気になれば、筋肉はいつもの倍以上機能する。
「!!!」
その時、目に入ってきたものに心奪われたのは、全く偶然だった。
行きの時は人が多すぎて気づかなかったんだと思う。
『受講クラス一覧』
そう標題が書かれた大きな貼り紙の横に、何処かで見た顔の大きなパネルが貼られていたんだ。
そしてその下にあるのは、その人物紹介の文字。
『理事長 七瀬周涅』
そこに笑顔でカメラ目線にて映っているのは、赤銅色の蒼生ちゃん…、紫茉ちゃんのお兄さんに間違いなく。
え、紫茉ちゃんは知ってたの!!?
しかし今はそんなことに心揺り動かされている余裕はない。
ずきずきずき。
本格的な痛みとなってきた足をフルに動かして、その長い掲示板の横を走り抜ける際、
――助けてええ!!!
――ぎゃああああ!!!
まるで閃光(フラッシュバック)のように脳裏によぎった映像は。
夥(おびただ)しい数の学生達が、黄色い蝶に目を抉られるものだった。
そして真紅色の飛沫を直線状に飛び散らせる、3本の爪痕。
誰も居ないこの視界の中――
あたしの頭の中では…
真紅に満ちた惨劇が繰り広げられていた。

