シンデレラに玻璃の星冠をⅢ



早く玲くんと合流して、この塾から逃げ出そう!!

あたしはクオンを抱えて、玄関へと続く元来た道を駆け戻る。


背後からの蝶は1匹、2匹じゃない。

あちこちから飛んで来ては数を増やして膨れあがり、あたしを追いかけてくる。


そういえば、掲示板の前で溢れ返っていた人だかり。

あれが全て襲われれば惨劇となってしまう。


あたしは走りながら叫んだ。


「皆、早くそこから逃げ…ええええ!!!?」


居なかったんだ。

あれだけの数の生徒が、誰一人として。


逃げたのだろうか。

いや、違うだろう。


辺りが静まり返りすぎだ。

悲鳴もざわめきも…何一つないんだ。


「……きゃっ……」


考え事をしていたせいか、あたしは何もない空間で躓(つまづ)いて、身体が前に傾いてしまった。


転んだら…殺られる!!!


「ぐををををを!!!」


床に着いている軸足が、ぐぎっと嫌な音をたてた気がしたけれど、あたしはスケートのスピンのように、前傾の状態から無理矢理身体を捻り、宙に浮いていた反対側の足で横の壁を斜めに蹴り、その反動で素早く姿勢を戻すと、また駆けだした。


ずきずき、捻った足が痛む。

例え後で足が腫れ上がって動かなくなっても、此処は根性で乗り切ってやる!!


あたしはラグビーのボールのように、片腕にクオンを抱え込んで駆け抜ける。

あんなに重かったカバンなのに、重さはまるで感じない。

人間のソノ気になれば、筋肉はいつもの倍以上機能する。


「!!!」


その時、目に入ってきたものに心奪われたのは、全く偶然だった。

行きの時は人が多すぎて気づかなかったんだと思う。


『受講クラス一覧』


そう標題が書かれた大きな貼り紙の横に、何処かで見た顔の大きなパネルが貼られていたんだ。


そしてその下にあるのは、その人物紹介の文字。


『理事長 七瀬周涅』


そこに笑顔でカメラ目線にて映っているのは、赤銅色の蒼生ちゃん…、紫茉ちゃんのお兄さんに間違いなく。


え、紫茉ちゃんは知ってたの!!?


しかし今はそんなことに心揺り動かされている余裕はない。


ずきずきずき。


本格的な痛みとなってきた足をフルに動かして、その長い掲示板の横を走り抜ける際、


――助けてええ!!!

――ぎゃああああ!!!


まるで閃光(フラッシュバック)のように脳裏によぎった映像は。


夥(おびただ)しい数の学生達が、黄色い蝶に目を抉られるものだった。

そして真紅色の飛沫を直線状に飛び散らせる、3本の爪痕。


誰も居ないこの視界の中――


あたしの頭の中では…

真紅に満ちた惨劇が繰り広げられていた。