含んだ笑いが凄く気になるけれど、その真意についてはのらりくらりと躱されてしまった。
「しかしワンワンはんも、奈落とは違う…人が作った地獄を生き抜いてきたはずや」
俺の体はびくりと反応する。
BR002。
俺が紫堂の研究所において、制裁者(アリス)として実験されていたことを言っているんだろう。
幸いにも俺には…その片鱗しか思い出すことはねえ。
陽斗のように、1秒1秒を刻銘に記憶しているわけではねえんだ。
だけど、体が記憶している。
だからこそ、櫂に初めて会った時…憎悪が湧いたんだ。
どんなことをされたのか、言えと言われたら…大まかなことは言える。
今となっては完全他人事のように。
だけど言いたくねえんだ。
今でも自分を責め続ける櫂の前で、何て言えるって?
唯一…言える優しい実験は薬漬くらい。
後は意識あるまま体を切られ、骨を折られ、皮膚を剥がされた。
高電圧を流され、耐電実験をされた。
水槽に沈められ、耐水実験を、火に炙られ、耐火実験を。
………。
言えねえよ、櫂には。
救いは、俺に感情がなかったこと。
だから憎悪はあっても恐怖心はあまりねえ。
映画を見ていたような気分なんだ。
恐怖があったら、とうに発狂して…俺は此処にはいまい。
それが制裁者(アリス)。
その中を生き抜いて、戦いに出されて、より強き者だけが残るよう淘汰されていく。
その世界を地獄だというのなら。
救ってくれたのは緋狭姉。
俺を生かせたのは櫂。
俺は芹霞と親を殺した代償を、体で支払っただけだ。
安い安い前払い。
そんな俺が、地獄を経験したなんていうのは烏滸(おこ)がましい。
地獄なら…櫂の方が経験しているはずだ。
目の前で…芹霞の心臓を抉られたあの時。
櫂にとってあれ以上の恐怖はないだろう。
それを植え付けたのは俺。
俺なんだ…。
「あのことがあったから、今の俺が居る。
そういう点では紫堂に感謝」
にかっと笑って、悲痛な翳りを落して俯いている…櫂の肩を叩く。
気にするなと。
何度も何度も、叩く。
櫂は徐(おもむ)ろに顔を上げ、哀しみに満ちた顔で静かに笑った。
それでも俺は叩き続ける。
お前と会えてよかったと。
俺を傍に置いてくれてありがとうと。
俺の方こそ謝らないといけねえんだと。
謝ってすむ問題ではねえけれど…。
そして――
「どうもしんみりとした空気は性に合わねえや。やめだ、やめ!!!」
俺は陽気に笑った。
笑うことで共に歩めるのなら、
俺は何度も何度も笑っていよう

