あの時――
もし私が。
そんな危険な場所に連れて行くのは、
煌ではなく…私にして欲しいと。
私を選んで欲しいと…
そう言っていたのなら。
少しは何かが変わったのだろうか。
何故、敬愛すべき櫂様の危機に私が離れないといけないのか。
私はそこまで信頼出来ない弱い部下なのか。
そう――
私の…些細な見栄や矜持をぶつけていたならば。
"約束の地(カナン)"は爆発しないですんだだろうか。
否――
何も変わらないだろう。
だからこそ、煌が妬ましいんだ。
危険であればある程、必要とされるその存在が。
何処までも…櫂様の頼りとされる煌が。
私の主は…昔から櫂様だけだ。
櫂様は横須賀で…私が必要だと言ってくれたのに。
私の忠誠心は薄らぐことはないのに。
それ故に――
――次期当主に、絶対的なる忠誠を誓え。
反応が出来なかった。
玲様に付き添えと…櫂様に言われていたのに、私は決して玲様を拒絶したわけではないのに。
私は…玲様に忠誠を誓うことが出来なかった。
玲様個人ではなく、次期当主としての玲様を…私は拒んだのだ。
私は今まで…物事を軽く割り切って考えていたのだろう。
私には主人として崇拝すべき存在が2人いる。
しかしそれは…
あくまで櫂様が頂点にいるという図式で。
櫂様がいない場合は、必然的に玲様が頂点で。
だから…
櫂様と玲様の同時頂点の図式は――
否。
玲様の下に櫂様が居るという図式は――
私の中ではありえなかったのだ。
だから、玲様が次期当主になられたのだとしても、それはあくまで櫂様の為の一時的な策の一環であり、警護団長として最終的に従うべきは櫂様なのだと…そう私は思っていた。
故の躊躇(ためら)いは…
今考えれば、玲様に対する冒涜。
私は強く優しい玲様の前で、忠誠を誓えなかった裏切り者。
私は…本当に玲様の元に居て良いのだろうか。
そんな疑問が心を占める。

