「お父さーーーーーーーん」
「お母さーーーーーーーん」
動いている。
やはり、昔の煌の唇が動いている。
「どうだ、煌…」
「なんだか…日本語じゃねえぞ」
そう言いながら、煌は片手で顔を隠して、苦しそうに息をしている。繰り広げられている光景は…心にキツいから。
「それよか…櫂。今、芹霞のお袋が…"うじがみさま"って言ってた…」
「うじがみ…?」
氏神?
氏神というのはその土地の神のこと。
芹霞の父親は婿入りしたはずだから、確かに…神崎家の歴史は土地に根付いてはいるはずだけれど。
信仰していた神が居たのか?
グサッ。
今、殺られたのは…芹霞。
私情を必死に押し殺し、俺は強く強く唇を噛みしめ、己を奮い立たせた。
崩れる小さい身体の奥に、昔の煌がいる。
やはり…昔の煌が何か言っている。
「長い単語だ。最後は"ワーム"…」
だけどそれだけしか判らなかった。
該当する単語が、俺には思い浮かばなかったから。
"ワマス、ウォルミウス、ヴェルミ、ワーム"…と動いている気がするけれど、意味が判らない。
訳せられない。
俺達は刺激の強すぎる台所から出た。
ワームとは、蟲のことか?
昔の煌は…何を言っていたんだ?
その時、
『お知らせ致します。あと1分を切りました』
ニノの声。
このままだと…此処から出られなくなる。
翠は…どうなっているだろう。
「……煌。此処は俺がなんとかする。
お前は…翠の元に行け」
俺は、そう言った。
「は!!? 嫌だよ、俺だって…」
「このままでは…埓があかない。時間が足りなすぎる。翠を見てやってくれ」
「お前何言ってるよ!!! だったらお前行けよ。此処は俺が…」
「いや…これは俺の記憶。俺が守っているものを、俺が見つけ出さないでどうする」
「じゃあ2人で頑張ろうぜ? いいか、櫂!!! お前…今までこんな辛いことを1人で抱え込んできたんだろうが。今更俺が言っても説得力ねえけどよ、俺だって…お前の力になりてえんだよ!!」
煌の目は真剣だった。
「この悪夢を、克服しないといけないのは…お前だけじゃねえんだよ!!!」
巡り巡る…悪夢。
何1つ変わりなく。
こんなに刻銘に覚えているのに…
まだ見せつけられて。
これで平気かと言われれば、
平気だと答えるのは完全虚勢だ。
忘れられるものではない。
これは俺が…忘れてはいけないもので。
何よりも…覚えておかないといけない大事なことで。
俺の原点だから――
「大事な…もの…」
大事な…。
それはまるで――
稲妻が落ちたようなショックだった。

