その時――だった。
僕のものでも当主のものでもない…男の笑い声が聞こえたのは。
「申し訳ありませぬ。玲は決して嫌がっているのではなく…」
そう当主が頭を下げたのは…
続き間から静かに現れた男。
「よいよい、紫堂当主。
好きな女子(おなご)がいるのなら、そうなるのは必須。
血気盛んで、行く末が楽しみではないか」
誰だ?
聞いたことのない柔和な声音だけど…
何故こんなに鳥肌が立つんだ?
「………?」
長い髪を1つにねじるようにして前に垂らせた――
紫の…袈裟のような、法衣を身に着けた男。
僧侶?
男は片膝をつくようにして、僕と同じ目線にあわせた。
凛々しいというより、温和に整った…女顔。
「ひと時の戯れということで、
最愛の"彼女"には内緒にして頂こうか。
何、子を成しても認知などしなくてもよい。
そなたの経歴は何1つ汚れぬ。
そなたが黙っている限り」
男は、僕に笑いかけた。
ぶわり。
僕の全身の毛穴が開く心地がした。
邪なる…悍(おぞ)ましさを感じたから。
僕の防御本能が警告を発した。
推し量れない。
久涅にも通じる…走査を無効化されたような心地。
感じるのはただ、悍しさのみ。
この男は一体…。
「お初にお目にかかる。
我は――
皇城家当主、皇城雄黄だ。
お見知りおきを、
紫堂次期当主、紫堂玲殿――」
皇城雄黄。
翠の実兄。
神童と讃えられていた皇城の実質№1。
その笑みは完成された美しさを持つものなれど…僕にはとてつもなく歪んで目に映った。

