そんな百合絵さんが、警護団の仕事を蹴って、小さな僕のメイドになったのが何故か、僕は知らない。
多分上からの指示があったはずだけれど、いくら聞いても、この事に関しては百合絵さんは口を開いてくれないんだ。
それ以外は百合絵さんは誠実で忠実で、紫堂で唯一信頼できるメイドだ。
それに奥ゆかしく…目立つことが好きではないらしい。
…実際、立っているだけで目立つのだけれど。
時間的に、もうそろそろ彼女は帰還するだろう。
桜を通し、油断ならぬこの紫堂家で、僕や芹霞達の専任給仕になる手配は行き届いているはずだ。
芹霞の立場は数日前と違う。
どんなに僕のものだと主張しても、だからこそ利用される道具になりえる。
それを防ぐ為には、どんな些細なことでも公然と、信頼おける者達で固めたい。
桜だって限界がある。
動く外部の敵ならまだしも、敵は身内となれば…芹霞が触れるもの口にするもの全てに目を光らせないといけない桜は、負担がかかりすぎるから。
百合絵さん自身が作り彼女がもたらすものなら、まず安心できる。
僕の為に泣いてくれた彼女なら。
「玲です」
僕は目の前の大きな引き戸の前で正座し、呼吸を整えてから慎重に声をかけた。
「入れ」
居る。
当主は、部屋に居るんだ。
「失礼します」
僕はもう一度呼吸を整え、戸を開けて中に入った。

