「どういうことだ?」
思い返すは"約束の地(カナン)"。
各務の屋敷に連れられた生存者は、血の痕跡を残したまま忽然と姿を消した。
まるでそれと同じ状況が、結界で守られている紫堂で起きている。
多くの者が悲鳴なきまま、一斉に消えた事実。
その者達に危険が訪れたような痕跡。
ああ…腐臭で頭がくらくらしてくる。
この異常に駆け付けてこない警護団も、その棟もまた同様の状況なのだろうか。あの横柄な執事長の姿もない。
この状態の中で僕を呼びに来た、見知らぬ女給仕。
助けを求めるでもなくただ淡々と。
あの女は――此の場を創り上げた"異質さ"の仲間かもしれない。
あの女の気配は、当主の強い気に邪魔されて僕は追尾できない。
当主は――
何故動かない?
明らかなこの異常事態を、当主なら感じ取れるはずなのに。
動く気配がなく。
この気配は本当に当主のものかどうかも疑わしくなる。
だとすれば、当主の離れに行くのは…罠かも知れない。
桜や芹霞が居る櫂の部屋に、戻った方がいいのかも知れない。
単体で動くのは危険な気がする。
僕は本能的にそう思った。
そうして、踵(きびす)を返して戻ろうとした時。
「何処へ行く、玲」
その低い声に、僕の動きはぴたりと止まる。
ああ、何てことだ。
その可能性に何で気づかなかったんだろう。
「久涅――…」
僕は、親愛なる従弟の顔を持つ、あくどい男を睨み付けた。
「お前か。この屋敷に忍んだ気配を、無効化していたのは」
漆黒の男。
最初に出会った時よりも、余裕がないように思えるのはきっと気のせい。
この男は、いとも簡単に櫂の居る地を爆ぜた。
駄目だ。
ヘリで抑えていた僕の怒りが止まらない。
この男が何者であろうと、櫂を殺そうとする奴は、櫂の死を笑う奴は、絶対に許せないんだ。

