朱貴の声が返る。


「そうだ。"黄衣の王"は、羅侯(ラゴウ)の対抗手段のひとつ。人を超えた力を秘めた者」


そう言ってから、朱貴は自分の発言を一部訂正する。


「いや…"秘めさせられた"者、と言った方が正しいな」

「誰に?」


私の問いに、朱貴は答える。


「裏世界。正しくは、妖蛆信仰を植え付けられた者達による、妖蛆…特殊な蛆を司れる妖主候補として」

「ヨウシュ? それから、なにを司れるって言った?」


芹霞さんが首を傾げた。


「蛆」


朱貴の端的な答えに、私達は顔を合わせた。


私達の前に過去幾度とも無く現れた蛆。

人を食らい尽くすだけではなく、蚕調になったり、最近では刺客のように現れた人間が蛆になって消えるという不思議現象。

彼らは呪文を唱えていた。


確か――、

「"ワマス、ウォルミ"……」


うろ覚えの単語を朱貴が補足する。


「ワマス、ウォルミス、ヴェルミ、ワーム…それは魔書"妖蛆の秘密"の呪文。ただ裏世界における魔書は、ある秘密結社によってオリジナルのものを少し変えられている。オリジナルにおける要となるイグ、ハン…そしてレンに聞き覚えは?」


私は妖蛆の秘密というものは知らない。

だがイグ、ハン、レン…これにはとても聞き覚えがある。


あるひと時、誰もが顔を歪ませた名前。

今でも忌々しく心に刻みつけられた名前。


「皆わかる? あたしは全然「芹霞さん、Zodiacです」


一番覚えていていいはずの、この名前を言い出し始めた芹霞さんからは、まるで記憶がなくなってしまったらしい。


「そういえば…。え、関係あるの?」


驚いた芹霞さんの声に、朱貴は薄く笑う。


「秘密結社は、妖蛆信仰に電脳世界を引き入れ、表世界、裏世界、電脳世界の3世界において力を振るえる多大な指導者…"妖主"を作ろうとした。だから、Zodiacは実験台になった。偽りの妖蛆…妖主として」


ヨウシュ?


「背景には藤姫がいた。多大なる資金援助の元、あらゆる実験が施され…そのひとつが制裁者(アリス)と呼ばれる藤姫私兵に変じた。だがそれらの実験なにひとつとして、3世界のうち1世界も統べることなく失敗に終わり、その体は朽ちたり…Zodiacのように、電脳世界から出られずにいたり。

その起因のひとつとして、五皇がひとりである叡智の白皇が、元所属していた秘密結社に秘密裏に様々な人間に手を回し、抵抗していたのも一因。確執が根底にはある」


そういえば白皇は、元々は秘密結社に依頼されて"天使"を探し、結局は"約束の地(カナン)"を作るほどに横取りして私物化しようとしていた。

暫くは秘密結社に追われていたようだが、秘密結社が手を結んだのが藤姫だとは、まさに因縁。