「朱貴、この奥なのか?」
玲様が対象物をぼやかして促した先には、機械を置いた壁がある。
玲様は機械ではなく、壁面を見つめていた。
「ああ、それはダミーだ」
私はそこで思い至る。
この建物を統制している電気の終点は、これらの陳腐な機械ではなく、壁で仕切られた向こう側にあるのだと。
玲様の感覚は間違いではなかったのだ。
「それが現『TIARA』計画の核。お前を実験して得られた成果だ。だからこその研究所。だからこそこの研究所の名前は、TIARAを逆読みする」
「…ARAIT(アレート)か」
蔑むように玲様が言い捨てたものに、否定の言葉は返らない。
「ただ玲。お前にはこの壁は崩せない」
朱貴は、頬に貼り付く煉瓦色の髪を不快そうに掻上げた。
「え?」
「白い塗料の奥にあるのは、黒い塔と同じ特殊素材だ」
「トラペソヘドロンか!!」
玲様の声に朱貴は頷き、だったらどうすればと思案する玲様の位置より、一歩前に朱貴は進み出た。
「俺なら破壊も可能だろう」
輝くトラペソヘドロン。
漆黒色に血のような赤が走る壁は、"約束の地(カナン)"で見たのを初めとして、以降櫂様の拘束具や黒い塔に使われてきた素材。
それは拘束具としてなら、煌の偃月刀だけが破壊出来る可能性を秘めているが、黒い塔の外壁としてなら、櫂様玲様やそんな馬鹿蜜柑の超常能力と、さらには緋狭様や氷皇の力を合わせて、壁の防御力を超えた……"限界超え"が可能になった。
少なくとも"約束の地(カナン)"では。
それを、朱貴ひとりで出来ると?
緋狭様や氷皇の力より、勝ると?
しかし。
煌と皇城の次男坊と七瀬宅に訪れた時、朱貴はこの拘束具に動きを制されていたと思ったが。
それを見越したのか、朱貴が面白くなさそうに言う。
「俺にも、事情というものがある。それに万能ではない」
ああ、そういえば、あの時は立て続けに幾多もの周涅の罠を切り抜けていた朱貴。拘束具を壊せる力を犠牲にしてまで、あるいは出せないところまで、周涅が朱貴に強いた罠は過酷なものだったのか。
つまり特殊仕様のふざけた煌並の存在が、もうひとりいて、それが玲様に稽古をつけたわけで。
それが現実におきていたことらしい。
「朱貴……」
「玲、葉山。お前達は、クオンの補佐をしろ」
名を呼んだ七瀬紫茉に振り返りもせず、赤い外套を翻して更に前に進んだ朱貴は、突きだした手で手印を結ぶ。
「貪狼、巨門、禄存!!」
そんな凛とした声が場に響いた時、
「朱貴ぃぃぃぃ!!!」
「ニャアアアアア!!」
迎え撃つクオンの火炎を超えて、鬼の形相で周涅が朱貴に飛びかかろうとする。
「させないよ」
その腕を掴んで止めたのは、青い光を纏った玲様だった。

