このフロアの構造は把握していないけれど、紫茉ちゃんが僕達とは別ルートでこの機械の部屋に入ったということは、出入り口はひとつではない。

しかもこの大きな部屋は、機械や曲がりくねったベルトコンベアに細かく遮られて、人の歩ける場所は複雑に入り組んでいるようにも思えた。

ただそれは、模範的な通路を道に選んだ場合だ。

どんな障害物も飛びはねたり、踏み付けたりしていけば、まるで問題ない。


だからこそ、お約束のように追手が雪崩れ込んで来ても、比較的楽に逃げ回ることが出来た。


駆け付けてきた者達は――


「自警団!!?」


制裁者(アリス)のような白い服を着た若者達だったから。


後から後から湧いてくる彼らは、その数こそ僕達の総数の10倍以上に膨れあがっていても、模範的な動きをするせいで、僕達の動きより常に後手に回ってしまう。

模範に更正されたがゆえの、彼らへの縛り。

その初々しいまでの躊躇を考えればこそ、自警団になって日が浅く、まだ完全体とはなっていないだろうことがわかった。

おそらくは時間稼ぎ、足止めくらいの用途に使われているはずだ。


僕達はまるで沢山の"鬼"相手の鬼ごっこをしているかのようにして、この部屋からの脱出を図る。

鬼に捕まりそうになったら、鬼を眠らせればいいだけ。

これは僕達に有利な、変則的な鬼ごっこのように思えた。


「なんだか、自警団予備軍という感じですね」


粗方片付け、多分紫茉ちゃんが入ってきたと思われる出口から、出て行く僕達に、桜が苦笑した。


廊下にも人の気配はする。

どれだけの数がここに収納されているのだろう。


「更正施設でもあるのなら、更生中の若者も差し向けられたのでしょうが…、目の焦点があってませんでしたね。

ここに連れられるのは、自警団の"常識"から外れた者達でしょうが、少なくとも連れられていた時のあの元気さは完全にありません。その彼らが、東京の地に配置され、あんな生気ない鉄面皮になり、追い詰めれば"自爆"までするのなら」

「どんな命令にも従順になるように、人として自由に生きるための防衛本能、"心"というものが壊されているんだろうね」

僕は桜に応えた。


「心というものは、そう簡単に壊れるものなんでしょうか」


そう桜が呟いた時、芹霞が反対側を見て驚いた声を出した。


「どうしたんだい、神崎?」

「ねえ、あそこ……、あの硝子張りの部屋……!!」


芹霞が指さした先には、まるで"約束の地(カナン)"で芹霞が窮地に追い込まれていた時のような、そう……"獲物が逃げられない部屋"を鑑賞したいかのように、分厚い硝子が壁のように一面に拡がっていた。


その中にずらりと並んでいたのは――

簡易ベッドに寝かされた、白い服を着た若者達。

頭には、ヘルメットのような機械をつけられている。