「ん~もう。それが決まりなら、さっさと教えてくれればいいのに!! 時間を無駄にするなって言ったのは、氷皇じゃないか!」
「……氷皇は、示していたよ、由香ちゃん。桜、一枚目を見せて」
「あ、はい……」
「この端的な文章、"←では☆"これだよ。☆というあからさまな記号の左側をみれと言っていたんだと思う」
左側の……その矢印の向きに進めと。
「うげ……。なんでそこまで手の込んだ……リスだよ、リスの歌だよ!? なんでそこまで考えるのさ!! 五皇は暇人なのかい!!」
「由香ちゃん……。考えたのは多分、蒼生ちゃんじゃなく……あの人。今まですっかり忘れられていた、二宮さんだと思うの」
「二宮……ああ、iPhoneの人か!! 氷皇に扱き使われてる。あの人は息災だろうか。かなりストレス溜まっていたみたいなのに、こんなことまでさせられているのなら、急に心配になってきたよ」
「iPhone持ってたら、二宮さんメールでもくれたのかな」
「今度愚痴をきいてあげようね、神崎。iPhone……ああ、百合絵さんが持っているはずだから、早く合流しなくちゃな」
「うん紫茉ちゃん達ともね」
先程の謎の笑みは芹霞の顔からは消え、代わって目的がはっきりとしている決意が顔に浮かんでいて、僅かにほっとする僕がいた。
芹霞の笑顔が好きなのに、その笑顔が今は怖くて。
僕ではない誰かに向けられているのかと思うと、怖くて。
不安要素を抱えた心は、身体を蝕む毒となる。
いつ朽ち果てるか判らない、じわじわと身体を破壊する毒に。
その不安をぐっと堪えて、僕は天井を見上げながら深呼吸をする。
情けない僕。
一刻も早く、形の見えない……どう動けばいいか判らない事態をなんとかしたい。
このまま…曖昧にしたまま過ごすのは、蛇の生殺し状態だ。
「玲様は……二宮さんをすぐに思い出せましたか?」
おずおずと桜が聞いてきた。
「え、誰? 二宮さん?」
芹霞の表情ばかりに気を取られていて、会話の内容は聞いていなかった僕。
わかるのは、芹霞の謎の笑みを消した紫茉ちゃんの名前だけ。
反応したのは、紫茉ちゃんに対するライバル心ゆえなのかもしれない。
そして桜からもたらされた"二宮情報"は、僕の記憶にはなく、もしかして芹霞が興味を持った男かと思い、もやもやする。
「じょ、女性です。あ、もういいです、ご気分を損ねさせてしまいまして、すみませんでした」
桜は、少しびくつきながら引き下がった。
女性の二宮さん?
それ以降――、
地下の階を暗号通りに攻略している最中でも、僕には思い出せないその存在が気になり、それに思いを馳せすぎていたようで。
「よし、最後の…8行目クリア!!」
由香ちゃんの朗とした声に、僕は現実に返る。
呆れるほど、途中経過の記憶がない。
なんだか、未来にタイムスリップしてしまったような心地だ。
ただ苦労の記憶がない分、お得感が強く……、これを芹霞とのことにも適用することが出来たら、どんなに楽だろうと思う。
だけど結果がすべてではなく、その過程を悩み苦しんでこそ、充足できる恋だと思うから。

