シンデレラに玻璃の星冠をⅢ



「ん~もう。それが決まりなら、さっさと教えてくれればいいのに!! 時間を無駄にするなって言ったのは、氷皇じゃないか!」

「……氷皇は、示していたよ、由香ちゃん。桜、一枚目を見せて」

「あ、はい……」

「この端的な文章、"←では☆"これだよ。☆というあからさまな記号の左側をみれと言っていたんだと思う」


左側の……その矢印の向きに進めと。


「うげ……。なんでそこまで手の込んだ……リスだよ、リスの歌だよ!? なんでそこまで考えるのさ!! 五皇は暇人なのかい!!」

「由香ちゃん……。考えたのは多分、蒼生ちゃんじゃなく……あの人。今まですっかり忘れられていた、二宮さんだと思うの」

「二宮……ああ、iPhoneの人か!! 氷皇に扱き使われてる。あの人は息災だろうか。かなりストレス溜まっていたみたいなのに、こんなことまでさせられているのなら、急に心配になってきたよ」

「iPhone持ってたら、二宮さんメールでもくれたのかな」

「今度愚痴をきいてあげようね、神崎。iPhone……ああ、百合絵さんが持っているはずだから、早く合流しなくちゃな」

「うん紫茉ちゃん達ともね」


先程の謎の笑みは芹霞の顔からは消え、代わって目的がはっきりとしている決意が顔に浮かんでいて、僅かにほっとする僕がいた。


芹霞の笑顔が好きなのに、その笑顔が今は怖くて。

僕ではない誰かに向けられているのかと思うと、怖くて。


不安要素を抱えた心は、身体を蝕む毒となる。


いつ朽ち果てるか判らない、じわじわと身体を破壊する毒に。

その不安をぐっと堪えて、僕は天井を見上げながら深呼吸をする。


情けない僕。

一刻も早く、形の見えない……どう動けばいいか判らない事態をなんとかしたい。

このまま…曖昧にしたまま過ごすのは、蛇の生殺し状態だ。


「玲様は……二宮さんをすぐに思い出せましたか?」


おずおずと桜が聞いてきた。


「え、誰? 二宮さん?」


芹霞の表情ばかりに気を取られていて、会話の内容は聞いていなかった僕。

わかるのは、芹霞の謎の笑みを消した紫茉ちゃんの名前だけ。

反応したのは、紫茉ちゃんに対するライバル心ゆえなのかもしれない。


そして桜からもたらされた"二宮情報"は、僕の記憶にはなく、もしかして芹霞が興味を持った男かと思い、もやもやする。


「じょ、女性です。あ、もういいです、ご気分を損ねさせてしまいまして、すみませんでした」


桜は、少しびくつきながら引き下がった。


女性の二宮さん?


それ以降――、

地下の階を暗号通りに攻略している最中でも、僕には思い出せないその存在が気になり、それに思いを馳せすぎていたようで。



「よし、最後の…8行目クリア!!」


由香ちゃんの朗とした声に、僕は現実に返る。


呆れるほど、途中経過の記憶がない。

なんだか、未来にタイムスリップしてしまったような心地だ。


ただ苦労の記憶がない分、お得感が強く……、これを芹霞とのことにも適用することが出来たら、どんなに楽だろうと思う。

だけど結果がすべてではなく、その過程を悩み苦しんでこそ、充足できる恋だと思うから。