「ぶどうのみがしろいぞ、ゆれゆれ小リス…」
遠くなっていたはずの桜の声が、その手拍子に乗せて不意に大きくなる。
もう一周終わったらしい。
芹霞に抱きついている僕の姿に、桜の歌声が震え……だから僕は苦笑しながら、渋々芹霞から身体を離す。
きゅっと口を結んでいる桜。
僕に同情しているのかと思ったけれど、それとも少し違う。
元々無表情の桜だけれど、その顔は……。
「桜?」
何だか僕に苛立っているようで。
今までこんなことがなかった僕は、珍しい表情に驚いた。
それは研ぎ澄まされたような鋭いものではないにしても、それでも迎合するような好意的なものとはまた違う。
言うなれば……
嫉妬している"男"の表情に近いものがあって。
嫉妬?
「葉山?」
由香ちゃんが桜の肩を叩いた時、桜の表情が緩んだ。
驚いたような、戸惑ったようなそんな色に変わり、そしていつもの桜がそこには居た。
きっと櫂に嫉妬している僕の思い過ごしだ。
僕は桜までをも、男として……芹霞の恋敵として、意識をし始めてしまったのか。
いい大人が、本当に情けない。
心に余裕を持て。
まだ、絶望的だときまったわけではないんだ。
まだ、芹霞とはなにも話していない。
先入観だけで、事態を悪く思うな。
僕は何でもないというように無理矢理笑顔をつくり、そして話題を戻す。
「どうだった、リスの行進でなにか判った?」
判るはずないだろうな、と思いながらも。
しかし意外にも、八の字眉だった由香ちゃんは、興奮したように僕に言った。
「判ったんだよ、師匠!!」
「えええ、判ったの!!?」
「そう、判ったんだ。3番までのこの歌……丁度ここ一周なんだ」
………。
どう返答すればいいんだろう。
別に2枚目の紙には、テンポが指定されているわけではない。
偶然だ。
だけど。
氷皇に、偶然が通用するか?
もしも、仮に一周分の長さを示していたとして、早さの指定なくして、それがどうして距離感を測るものとなりえる?
だが――。
距離感を示すとしたら、それは歩幅。
そして1拍に歌詞一文字、そしてひと足。
テンポは、せいぜい早歩き程度の早さになる。
そして、こんな行進を実行に移す者がいるとすれば、それは由香ちゃんか芹霞だろう。
氷皇が、芹霞を離さない僕の境遇を見越していたのかは判らないけれど、例え芹霞が歩いたとしても……由香ちゃんとの身長差はあるけれど、大体は同じぐらいの歩幅になるはずで。
「偶然でしょうか?」
同じことを気づいたらしい桜が僕に答えを求める。
「もしも一周分を歌が示していたとして。問題はその先だ。それがこの場所を突破する方法とは思えない」

