「僕たちには話し合う時間が必要だ。だけど今はその時間はない。だからここを抜けたら、たっぷり話そうね」
なにを?
なにをにっこり言っちゃってます?
鳥肌の立つ頬に、気持ち悪い汗が伝い落ちる。
「フェードアウトにはさせないよ」
顔から笑みを消し、真剣な顔で言う玲くんの様子に、あたしは逃れきれない運命を悟る。
きっとあたしがどこまでも逃げようとしても、玲くんは見て見ぬフリはしない。
今までのように、曖昧に流されてくれない。
"フェードアウト"
別にあたしは別れの言葉を切り出せないから、黙っていることで自然消滅を狙っているわけではないけれど、むしろ別れたくないから逃げているのだけれど、別れたい玲くんにしてみても自然消滅的な決別はお気に召さないのか。
縋るように由香ちゃんに手を伸ばしたら、なんとも言えない複雑そうな顔で、小さく手を振られただけで。
桜ちゃんは後ろ向いて、なにやら壁伝いを観察して完全第三者だし。
あたしに応えて手を伸ばしてくれたのは、白いふさふさ。
「ニャア…」
まるで気分はロミオとジュリエット。
なんとも哀切極まる声で応答してくれたけれど、ドガっという豪快な破壊音がそれをかき消した。
反射的に後ろを振り返ってしまった由香ちゃんのせいで、白い化けネコ様はぐるりと反対側を向いてしまう。
数秒であたしに背を向けた化けネコ様は、役立たずだ。
思わず舌打ちしたら、玲くんと目が合ってしまった。
冷ややかな面持ちのまま微笑まれる。
「ん? どうしたの?」
「いえ…なんで逃げないのかなと…。それにあたし怪我しているわけでもないから、自分の足で立ちたいなと…」
「ん。今この場にいるのは理由があって。芹霞をこうしているのも理由があって。他に聞きたいことは?」
にっこり。
「いえ…。なにもありません」
それ以上は何もいえなくて、ため息をついて項垂れた。
「凄く…嫌そうだね」
刺々しい声音に思わず顔を上げると、
「え?」
「僕と話すこと」
かなり不愉快そうに、そして辛そうに端麗な顔を歪めさせた、玲くんがいた。
そうです、とは素直に言えないあたしは黙り込む。
いつ別れ話を切り出されるかわからない不安で胸が押しつぶされそうだからと、もしも口にしてしまったのなら、あたしは玲くんとの"別れ"の存在を認めてしまうことになる。
本当になってしまうかもしれない言霊を、あたしは口にしたくない。
「玲くんは…話したいの?」
別れを。
「話したい」
きっぱりと玲くんは言った。
心に刺さったナイフでぐりぐり抉られた感覚だった。

