シンデレラに玻璃の星冠をⅢ




静寂。

否、私の心臓の音がどくどくうるさくて仕方が無い。


良くないことの前触れのように、耳の奥で自分の鼓動が早さを増して聞こえてくる。



"櫂を"


しかも……


"二度も"。




「神崎…思い出したのか、紫堂を!!?」


声を発したのは、遠坂由香だった。


「うっ……」


しかし芹霞さんの様子がおかしい。


頭を手で抑えるその表情は苦しそうで。

泣きながら歯を食いしばって、何かを必死に耐えるかのように。

痛みに沈むことなく、痛みの向こう側を見据えたいかのように。



「おい……」


久涅の手を芹霞さんは毅然と払う。



「思い出したい……ッ!!」



その声は悲鳴交じりだった。


それが……芹霞さんの本心なのか。

芹霞さんの心は櫂様を…思い出したくて仕方が無かったのか。


「消えて……行かないでッッッッ!!!!」


伸した手が掴むのは虚空。

私達は身動きが出来なかった。


芹霞さんの心が痛いほどよく判ったから。


――紫堂櫂を愛してる!!


私の心も痛い程軋んでいる。


なんとかしてあげたい。

だけど……。



――紫堂櫂を愛してる!!


その言葉に縛られているのは私だけではない。


玲様もだ。

そして久涅もだ。



ウゴケナイ。




「誰か……彼女の心を縛ったね…?」


そう笑ったのは周涅。

その目は、青ざめた顔で立ちすくんでいる玲様に向けて。

玲様の痛々しい様子は尋常ではなかった。


玲様は芹霞さんの記憶を戻したいのと同時に、戻したくなかったのだ。


折角、芹霞さんが玲様の恋人だと自覚始めている矢先、櫂様を思い出したら…玲様はどうなる?


「彼女の心が、思い出したがっているね。『気高き獅子』のこと。心底……惚れていたんじゃない?」


――紫堂櫂を愛している!!


こんな時、こんなタイミングで…思い出すなんて。


久涅か。


久涅に対する激昂が……玲様の暗示を打ち壊そうとしたのか。

怒りという激情と同じくらい、櫂様を愛していたというのか。


そして芹霞さんの手が心臓の位置に向いた時、玲様がはっとした顔で芹霞さんを抱く。

しかし芹霞さんは半狂乱のように抵抗して、くぐもった声を出している。それを玲様はただきつく抱きしめて抵抗を抑えた。


「思い出して……芹霞。僕の……腕の中で」


それはまるで…芹霞さんとの決別の言葉のように。


「師匠!!!?」


「君が……本当に愛した人を、思い出して?」



それは慈愛深く、同時に消え入りそうな細い声で……。




「それは――僕じゃない」