『し、椎名…』
『中々、緊張するものだよね。ごめん』
『話しやすい様にしてくれていいよ。心境は椎名と一緒だよ…』
『………』
深呼吸をしてリラックスする椎名、ゆっくり俺の方に体を向ける。
『ぅ‥‥』
《ドキドキ…‥》
鼓動が大きくなる‥
手で胸を押さえる。
『言葉は沢山いらないよね、お互いの想いが一致なら尚更‥』
『………』
今度は口を押さえる。
何だかこのスタイルになった。
『と、突然迷惑だと思うけど‥』
椎名‥
『私、宮川の事…』
《ガチャ》
『!っ』
突然の扉の重い音に、体がビクッと前後する。
『何してるの?』
振り向かないと何の用事か解らないが、どうやら恵理の様だな‥。
『優助君?』
椎名の事で一日中、頭がいっぱいだった俺は、振り向く余裕も元気も出せず、ただ下を向いていた。
椎名も俺と同じように、下を向いて沈黙した。
『!、優助君‥』
『‥恵理、ごめん。今は、ね』
空気を読む恵理なら、この状況を把握が出来るはず。
俺と椎名は、恵理が静かに屋上から立ち去るのを待った。
『………』
…‥
‥
『………』
『………』
やがて恵理も、俺と椎名の空気を感じ取り、何も言わず去った。
…ごめん、恵理。
気持ちの持ち様は違うものの、俺も椎名も他の事を考える余裕はなかった。
『私、宮川の事、好き』
『…椎名』
『…答えを出して。覚悟は決めたつもりだから‥』
『…‥っ…』
…友美がいるんだ。
『‥、椎名‥』
『な、何?』
抑えきれない罪悪感が、胸の中で膨れ上がり、手で胸を押さえる。
『……んっ‥』
『………』
『(言うんだ、喋るんだ…)』
『………』
…‥
‥
『………っ……っ…‥』
金縛りに合う様な錯覚を覚える。
何をやってんだ俺、しゃべれ。
『………』
『………』
な、何も喋れない…
ど、どうしたんだ俺は。
『………』
『(声にならない、傷付けるのがやっぱり怖い…)』
『………』
『(一言でいい、一言だけ喋るんだ…)』
『………っ‥』
『!、椎名?』
気付けば椎名の目から涙がこぼれていた。
『…椎名?』
『‥ありがと、答えてくれて』
『…答えた?』
『…宮川の表情と沈黙が、答えを知る事が出来た』
『………』
黙り込んだ事で、間接的に俺の意思が伝わったのか。
両想いなら、返答の時間は取るものじゃないし…。
椎名は静かに泣いていた、ふられたのだ、と自覚したんだろうな…。
『…真剣に私の事、考えてくれてありがと』
『椎名を泣かせたんだ。俺は鬼だよ‥』
『…誰かさんの言葉だけど、言葉は事実に勝てない、とあるよ。あっさり断る事をせず、最後まで悩んでいた姿は、やっぱり嬉しかった』
椎名はそのまま泣きじゃくった。
『…椎名』
俺はたまらず椎名の背中を撫でにいった。
優しさのかけらも出せない、自分が妙に腹立たしかった。
『…椎名が悪いんじゃない』
…‥
‥
『…、痛いか?』
『?』
『失恋だよ、痛いか?』
『‥、うん』
椎名の背中をポンポンと、軽く叩く。
『嫌いじゃないんだ、それはわかってくれ。椎名の事は好意的に思っている』
『………』
『‥でも、俺を待ってくれている人がいるから』
『‥、ねぇ』
『どうした?』
『どうして失恋って、こんなに痛いんだろうね』
『椎名が真剣だったからだよ』
『………』
『思春期に入るのに、学校で何も教えてくれないなんておかしいよね』
『宮川は恋愛の仕方がわかるの?』
『異性を好きになったら、自分の精神のコントロールが要求される』
『………』
『恋愛感情は自分でコントロールしないと、独り歩きしてしまうんだ』
『解る気がするかも』
『恋愛感情を独り歩きさせてしまったら最後、大きすぎる愛情に自分ですら、対応しきれなくなるんだ』
『………』
『初恋が上手くいくなんて、本当に空想であり理想なんだ。漫画のようにね』
『………』
『恋愛をするなら、まず失恋に関心を持つものだと思う。失恋の立ち直り方とか、予備知識とかね』
『どうしてそんなに詳しいの?』
『ガキの頃、俺自身が失恋で、のたうち回る思いをしたからね』
『‥そうなんだ、知らなかった』
『苦しかったけど、成長も遂げた。椎名も…』
『学校で教えてくれなかった…』
『えっ?』
『こんなに大切な事、学校では教えてくれなかった…』
『今や学校の先生は教師じゃないよ。給料を貰う為に居てるだけだよ。就職難だから彼らは、職に就きさえすれば、それでいいだけさ』
『…間違ってるよ』
『椎名?』
『恋愛は大切な事なのに…』
『就職難の時代だ。子供達を育てたい、と熱意のある先生は恐らくいない。彼らは衣食住の確保の為、やむなく教師になる人間もいてるよ』
『そんなのって…、そんなのって…』
『色恋沙汰は個人の問題だと思ってるんだろう。俺だって恋愛の仕方を教えてくれていたら、ここまで傷が深くなくて済んだかも、って思うさ』
『そんなのって…、…っ…‥』
又、泣き出す椎名。
恋愛は冷酷なものでもあるんだ。
この経験を活かしてほしい。
…‥
‥
泣き止むまで俺と椎名は一緒にいた…。
椎名の深い心の傷を、少しでも癒したかった。
…でも無力な存在であることには違いなかった。
…‥
‥
〜自宅〜
学校で椎名と別れて帰宅したが、やはり心配ですぐに電話を入れた。
『あの、俺だけど、落ち着いたか?』
『もう大丈夫、心配かけたね…』
『…椎名、明日無理せず休んだ方がいいよ。見舞いに行くから』
『…その優しさが痛い。私は大丈夫だから、じゃあね…』
(ッ…、ツー、ツー、)
『………』
時間だけが心の傷を癒してくれるはずだ…
『………』
様子を見ようか…
…‥
‥
