孤独の戦いと限界


『ふぅ〜』

深くため息をする藤先生。かすかにコーヒーの匂いがした。

『‥そうか、そんな事が…。あいつも大変だな』

『ええ、これは持論ですけど、恵理は笑顔を振る舞っているけど、結構、苦労人って感じが見え隠れするんですよね』

『………』

『モテる辛さは俺には解らないけど‥』

『ふっ、そりゃそうだ』

『‥、むぅ』

『ハハハ…‥』

笑うなよ‥、人の事言えるのかって言ってやりたいが、ここは堪えておく。

…‥


『でもですね、藤先生』

『ん?』

『美人は人の目に止まるから、その…、何とか美貌を隠せないかな、とか思ったりします』

『マスクででも隠させる気か、無理な話だ』

『それはわかってるのですが、その…』

『何だよ、歯切れ悪いな』

『恵理は可愛くて性格もいいから、周りから束縛感を覚えてるんですよ。多分、彼らの視線が、そのままプレッシャーになっています』

『…多少はあるだろ』

『かなり、です』

『どうして解る?』

『俺が恵理に、周りの意識が絶えないだろ?、って言った事があります』

『何て答えた?』

『解っちゃうんですか?、って意表を突かれたように答えてました』

『そうか、それだけか』

それ…、だけ‥
どういう意味だろ?

『言葉の量で、恵理の心労の度合いを計るのはダメですよ』

『…、深刻そうだったかい?』

『言葉は短文だったけど、やっと美人である為に、苦労を理解している人間に出会えた、って顔してましたよ』

『………』

『周りの視線と注目に、潰されなければいいですけどね』

『‥随分、恵理を心配するんだな。さてはお前も惚れたクチなのか?』

『…ほっとけないだけです』

今、何かひっかかる様な物言いだったな…
挑発された、と思ってしまった。

…‥


『じゃあ俺、帰りますね。友美も待ってるだろうし』

『ああ、そうか、気をつけてな。それから…』

『はい』

『いや、何でもない。寄り道せん様にな』

『?』

何かいつもと違う様子だけど、藤先生は恵理とは、やはり知り合いだったのだろうか‥。

…‥


〜自宅〜
〜夜〜

『ああ〜、気持ち良かった。風呂空いたよ♪』

『オッケー』


風呂から上がってリラックスする友美。
俺はニュースを聞きながら、読書をする。

『…ロクなニュースやってないですね』

『チャンネル変えよか』


天気予報にして再び本に目をやる。

『でも不思議だよね』

『不思議って?』

『兄さんが見た夢ですよ、私、また気になってる』

『‥まだ気にしてたのか』

『だって自殺なんて考えない人に、そんな夢が出てうなされるんだから』

『………』

『兄さんは脳天気な方がいいから♪』

能天気か…、神経を尖らせる俺には、叶わぬ願いだろうな。
本を閉じて目をつむる。

『どうしたのですか?』

『(どんな奴でも初恋による、失恋の傷から逃れられない)』

『何か言った?』

『…もう、その事は忘れてくれって』

『…そうだね』

…‥


『………』

あの思い出の人は、今頃どうしてるだろうか‥

もう俺の存在を忘れ、俺の知らない男と楽しくやってるんだろうな…

俺は真剣だったから、今も目頭を熱くさせる。

生まれて初めての失意と敗北、なぜ失恋はこんなにも心の傷跡になるのだろうか…

『………』

悪夢がフラッシュバックのように、断片的によぎる。

だが、すぐに気持ちを奮いたたせる。

友美を置いて先に逝けない、絶対に先に逝けない。
失意に打ち勝つんだ!

失恋に勝る気合いを入れるが、すぐに真実の想いに負ける。


『…、……』

涙が、流れ落ちる…。
やっぱ、今になっても…、悔しいんだな…。


『!、兄さん、泣いてるの!?』


『どうして…、俺では…』

俺ではダメなんだよ…


『兄さんっ!』

『‥友美、どうした?』

『泣いてるの?』

『‥昔を思いだして‥、な…』

『………』

何事かと驚く友美。
だが俺は感情的になっていて、上手く切り替えせない。

『‥大した事じゃない』

『‥でも』

『俺も人間だ、泣く事だってあるよ』

『どうして泣いたのよ?』

『いいんだ‥、ほっておいてくれ』

『ほっとけない、ほっとけないよ』

頬から流れる熱い涙を、友美が手で拭いてくる。


…友美。
俺は涙を止めようとしたが、溢れ返る想いが涙となってこぼれる。

『自殺を考えるほどのことが、兄さんの過去あったの?』

『………』

『話してみて、私じゃ力になれないの?』

『………』

友美が…いる‥。
友美が心配してくれている。
想い出の人は、既に消えているんだ。

今、目の前にいる人間こそ守るべき人だ。
過去にとらわれてばかりではダメだ。


『友美は十分、力になってるよ』

『………』

『確かなのは友美が側に居てくれて、俺を支えてくれている事だ』

『………』

『泣いた事は忘れてくれ』

『出来ないよ、そんな事』

『‥話す機会ができたら、いずれ話すから』

『………』

『今は静かにさせてくれ』

『‥、わかったわ』

とりあえず、この話題から離れる。
ため息をつくように返事する友美、納得いかないようだけど、心を休ませたい。

『………』

急にいとおしくなり、友美の隣に座り手を握る。


『な、何よ、どうしたの?』

『‥すっげえ寂しい感覚がきた。今だけ友美の温もりをくれ』

『(クスっ)、兄さん相当重症だよ』

友美の温もりをひたすら感じていた。
他人の体温って、どこか優しさを感じる。

『…兄さんの体温高いね、温かいよ』

『男だし…』

『………』

『………』

友美の肩を優しく抱きしめる。

『兄さん‥、大丈夫?』

俺が不安に陥っているのを見越してか、全く離れようとしない。

『年齢からいって、友美を抱きしめるのは最後かも知れないから、今だけ…』

『そんな事ないよ、‥兄さんがその気なら…』

『その気?』

『‥鈍感』

『………』

友美の鼓動を感じながら、、妙な安心感が、どんどん眠気が増大していく。

もう今は…、何もかも忘れて寝よう…。