舌を使い、もっと吉田栞の唇を味わおうとしたのだが、その直前に唇が離れてしまった。


「いや!」


吉田栞は、子どもの手みたいな小さな手で俺の胸を押しやり、潤んだ瞳で俺を睨んだ。


「もう……松本さんのバカ!」


そう言うなり、吉田栞の黒目がちの目が、たちまち涙で潤みだした。それは、まるで宝石のように綺麗だった。


「お、おい……」


なんか知らないが、何かを言わないといけないと俺は思った。だが言葉が出て来ない。


呆然と立つ俺の横を通り過ぎ、駆け出した吉田栞の後姿に向かい、俺はようやく言うべき言葉を呟いた。


「ごめんよ」と。


それは俺の本心から出た言葉だった。吉田栞には、可哀相な事をしてしまった。そう思ったんだ。その時は……


しくじった事に気付いたのは、しばらく経ってからだった。

何やってんだよ、俺は。携帯番号も聞かず帰しちまったら、もうあの女に接近出来ねえだろうが。あそこまで行っておきながら、みすみす標的を逃すなんて、バッカじゃなかろうか……