な、何だと!?


声を出すわけには行かないから、俺は口パクで杏里さんに抗議したのだが、杏里さんは「じゃあね」と言って通話を切っちまった。


「杏里さん、何やってんですか!? もう一回掛けて、今のを訂正してください!」

「イヤよ」

「だったら俺が掛ける!」


俺は杏里さんの携帯に手を伸ばしつつ、一歩前へ出た。


「近付かないで! これで刺すわよ?」


杏里さんは、手に持った包丁をグイッと前に突き出した。


「刺すなら刺せ! あ、そうだ。俺を刺す代わりに、栞を助けてくれませんか?」

「え? あんた、それ本気で言ってるの?」

「はい、本気ですよ」

「死ぬかもしれないのよ?」

「そうですね。でもいいです。それであの子が助かるなら……」

「そんなにあの子が好きなの?」


そうなんだと思う。こうなってしまったのは全て俺のせいだから、俺には栞を守る責任があると思う。しかし、命をかけてもいいと思うのは、責任だけではないだろう。俺は理屈抜きで、栞を守りたい。


「早くしてください。でないと、間に合わなくなる」


俺は更に一歩前に出て、杏里さんが構える包丁の刃先が俺の鳩尾のあたりに触れた。というか、少し刺さったかもしれない。チクッとしたから。