だが、その事は当分の間吉田泰造には隠すつもりだ。なぜなら、栞に近付く理由がなくなれば、俺は栞の前からそれこそ姿を消さなければいけないから。


どうせいずれはそうしなければいけないが、もうしばらく栞とカレカノをやっていたい。未練たらしいが。


という事で、ややこしい話だが、要は今まで通り、俺は栞を痛めつける目的で栞と接して行く事にし、自分自身をもそう思い込ませる事にした。

ただし、実際には栞を痛めつけたりはしないし、キスより先に進む事もしない。

互いの傷を、深めないために。



バイトが終わり、栞と手を繋いで外に出たら、路地に黒い車が停まっていて、その中から、同じく黒いスーツを着た男が勢いよく出てきたと思ったら、俺達に向かって真っ直ぐに走って来た。

そして男は栞に向かって頭を下げ、


「お嬢様、お疲れ様です。お宅までお送りします」


と言った。

俺はふざけて「新手のナンパか?」なんて言ったが、内心はすぐにピンと来た。吉田泰造が動いた事に。


男を問い詰めたところ、動いたのは吉田泰造ではなく栞の父親だと分かり、俺にとっては更に深刻だった。なぜなら、会長と社長が相手では、俺に勝ち目はないから。

いや、勝ち負けの問題ではない。それを言ったら、俺は既に負けを認めている。それが早まったって事だ。

つまり、栞との別れの瞬間(とき)が……