俺は後ろめたさで思わずそうしたのだが、実際、もしおふくろさんに見つかり、なぜここにいるのかを聞かれたら困る。

見学に来た、なんて白々しい嘘はつきたくないし、かと言って吉田泰造に会う事も、ましてや栞を使って奴に復讐する事も、おふくろさんに話すつもりはない。少なくても、今はまだ……


おふくろさんに見つかりはしないかとハラハラしていたが、おふくろさんは俺に気付かなかったらしく、すんなりと前を通り過ぎ、ビルを出て行った。

おふくろさんはこのビルの用事を済ませ、帰るところだったらしい。

そのおふくろさんの後ろ姿が、酷く疲れているよう俺には見えた。あるいは落胆しているかのように。仕事が上手く行かなかったのだろうか……


取り敢えずホッとしながら立ち上がりかけたら、「今の女ですよね?」と言う男の声が横から聞こえた。おふくろさんの事だろうか。


横目で見ると、ダークスーツを着た若い男と中年の男が並んでソファーに座っていた。彼らはここの社員で、来客を待ってるって感じだ。

俺は再度腰を落ち着け、新聞を読む振りをして彼らの会話に耳を傾けた。