「…一歩。……おお~い、一歩っ。」
「……ハイ?」
……おや?
「大丈夫。傷口は浅い。カマイタチみたいにスパっと切れたから血はいっぱい出てるけど…。」
「………。アラ。」
長南殿は私のコメカミにハンカチをあてたまま…上体を起こす。
「……気弱になるな。現実に戻って来いよ。」
「……………。つい、逃走本能というか、現実逃避を……。」
「……アイツ…逃げやがった。警察呼ぼうと思ったのに。」
「いえ。私が馬鹿だったのです。のうのうとついて行こうだなんてするから……。」
「………。俺こそごめん。結果的に…一歩に怪我を負わせた。…痛むよな?女の子の顔に…傷をつけるなんて。」
「自業自得です。こんなの、ナメてりゃ治ります。貴方の方こそ、大丈夫でしたか?」
私は手を伸ばして…長南殿の頬に触れる。
「……腫れてるじゃないですか。私なんかよりも、ずっとずっと……酷い。」
「……一歩。」
彼は私のその手の上から…、彼の手を添える。
「……この手を掴んでいいって言われた時…嬉しかった。」
「…………!」
「…俺も、大事にしなきゃいけないはずだったのに…ごめん、傷つけて。俺なんかを庇うなんて…馬鹿だよ、アンタ。けど…、けどさ、死ぬ程嬉しかった。不謹慎だけど…嬉しかったんだ。……ありがとう。」
「…………。」
「……手当て……しなきゃな。帰ろう、一歩。アンタの両親には…俺から謝る。」
「いいえ、貴方が罪を被ることはありません。」
「いいから!そうでもしないと…、思い切り後悔するから。一歩を引き止めなかったことを。」
「…………けど…。」
「…送ってく。バス…ちょうど来る頃だし。」
「…………。」
長南殿の大きな手が、
私を引き上げて……立ち上がる。
「……帰ろう。」
「……。ハイ。」
二人また…ベンチに戻って。
本日最終便のバスを待つ。
私達の間に、もう距離などなくて。
握られたままの手を振りほどく理由も…見つからず、
ただ、そう……
流れに身を委ねるかのようにして…肩を寄せ合っていた。


