空は青く、冷たい空気は澄み渡り、稜線沿いを駆け上ってくる風が気持ちよかった。



「お父さん、あの時どうしてわたしのほっぺたをぶったの?」

「あの時って?」



「わたしがはじめてぷっつんってなったとき」

「ああ、あの時か。・・・覚えてないんだよな」


「うん」



「お父さんが、おやすみのキスしたら、あいかが・・・大人のキスをしたんだ」

「大人のキス?」



「お父さんの首に手をまわして、大人のキスを・・舌をからめてきたんだ」

「わたし、そんなことしてない」



「わかってる。きっと、あいかなが嫌がらせでやったんだろ」

「まさか・・・」



あいかはあいこが最後に残した言葉を思い出していた。


愛する人がちがったから分かれた。

そんなふうに聞こえた。



達哉を愛したアイコがいた。

あいかなを愛したあいこがいた。



だったら、お父さんを愛した愛子がいてもいいじゃないの。


きっと、そうだ。
きっと、そうだよ。


「お父さん、お父さんを愛した愛子がいたんだよ」



それに応えるように、あいかの心の奥で、なにかの疼く気配がした。