胸のあたりの熱い塊が動き始めた。
(よかった。哀哉が出ていく)
しかし、その熱い塊はゆっくりと下がり始めた。
「哀哉、ちょっと待って。待ってったら」
私は臨月を迎え、大きく膨らんだお腹をさすった。
『ご要望通り、出て行くことにするよ』
「どこに行こうっていうの?」
『わかるだろ。この部屋で愛子ちゃん以外のところ』
「だめぇっ、そこだけは絶対だめっ」
『そんなこと言われても他に行くところがないんだ』
「わかった。私と一緒に居ていい。だから、赤ちゃんのところには行かないで」
私はこれほど人を憎いと思ったことはない。
殺してしまいたいと切に願ったこともない。
視界の隅に包丁が映った。
私は哀哉に見つからないように向きを変え、後ろ手に包丁を掴んだ。
そして、胸の熱い塊めざして、その包丁を突き立てた。


