「聞きたいことは沢山ある。
話してくれる気は、あるか?」

「ええ、話しますよ。
とりあえず"アザミ化"についてちょっと教えてあげましょうか」


洗面所の一部に腰掛ける彼は、いつもの笑みを浮かべ、俺を指差した。


「"アザミ化"。
正恭君が襲われた時の、彼女達の症状。
虚ろな瞳に、無表情で正恭君を襲って来ましたね」

「あれは、そもそも流行病なのか?
それとも、特定の何かが操ってたりするものなのか?」

「それに対しては、正確には僕も分かりかねますが。
とりあえず流行病といえば流行病。
特定の何かについては分かりかねます」


彼はそういって洗面所の表面をなぞる。

全く答えになっていない。

流行病なら流行病と断定すればいいのに、春也君の言い方は何処か曖昧だ。


「流行病なら、何で俺達はかからないんだ?」

「憎悪、不安、嫉妬、狂愛」


負の要素満載の単語を噛み潰すように言う春也君は、洗面台から降りて今度は鏡越しに俺を見る。

顔は春也君なのに、制服は女子のものである。

こんなところを誰かに見られたら弁解がしにくそうだ。


「負の感情に苛まれ、そして負の誘惑に惑わされた者がかかるのが、"アザミ化"です。
まあでも、しょっちゅうかかるものではありませんよ」

「何だか風邪みたいな言い方だな」

「ただ一つ、風邪と違うのは『浄化しないと治らない』ということでしょう」


その発言を聞いた時、脳裏にフラッシュバックする女児と先輩方の顔。

あの人達は、負の誘惑に惑わされた者ということでいいのだろうか?

でもそれなら何で消えないといけないのだろう……。


「"アザミ化"を浄化以外に治癒する方法は無いんです。
"アザミ化"を発症したら最後。もう元には戻れませんよ」

「…………でも、浄化されたら存在が消えるじゃないか」

「消えるというか、存在が無かった事になりますね……。
こればかりは僕達にもどうしようもないです。
きっと、"アザミ化"を浄化した際、その"アザミ化"が身体に浸透しすぎて器が耐えきれないのかと」

「そんな…………」


どうにもならないのか。

悔しさと、もどかしさが頭を回る。

浄化以外に治癒する方法さえ見つかれば、こんな感情を抱かずに済んだかもしれないのに。


「まあそれに、君は狙われているんですよ」


ピタリと思考が止まった。

誰に?

何の為に?

あんな流行病のようなものを使ってまで俺を狙うのか?