「待ちなよ、正恭君」


喫茶店を出たら、すぐに後ろから名前を呼ばれた。

中性的な声音のその人物は、イントネーション的に秋子さんだろう。

振り返ると、そこには悲しげにこちらを見ている秋子さんが立っていた。

彼女は俺の目の前までやって来て、おもむろに腕を掴んだ。

そして俺の目の前で例のマジックペンを取り出し掌サイズのピクトドラムを二体、空に描いた。

そのピクトドラムに触れるとそれは俺の目の前で雪の結晶になり、散った。

秋子さんも同様にそれに触れ、雪の結晶になるのを見守った後に、ボソリと呟いた。


「正恭君、話がある」

「…………」


これはどうやら強制連行のようだ。

俺が彼女に腕を引っ張られながら辿り着いた場所は、先程の喫茶店だった。


「俺、さっき此処で騒ぎを起こしたんですけど」

「『今更戻っても他人と涼弥達に迷惑だろ』とか思ってんでしょ?」


正解だ。

今更、戻れる筈ない。

複雑な思いを抱いている横で、秋子さんは不敵な笑みを浮かべ、得意そうになるのを俺を見た。


「ふふん、そこを舐めてもらっちゃあ困りますなぁ!」


そう言いながら先程の喫茶店へ強制連行される俺。

先程の俺の言い分、聞いてたのか?

喫茶店の自動ドアが開き、周りの視線を再度浴びるのかと覚悟を決めた。

だがしかし、誰もこちらを見てはいなかった。

通行人はおろか、涼弥達も此方の事が見えていないかのように話をしていた。

一体、何がどうなっているのだろうか。


「今は、誰にも見えないよ」

「えっ」


秋子さんのその言葉に少し驚いていたら、通行人とぶつかった。

慌てて離れると、その通行人は不思議そうにその場に突っ立っているだけで、また動き出した。


「まあ、人に当たったら感覚は認知されるから気を付けてねー」

「それは先に言って欲しかったぞ」


人混みを掻き分けながら歩く俺達。

腕を引っ張られ、辿り着いた先は男子トイレだった。

誰も居ないようで、この無駄に広い空間はひっそりとしてはいたが。

秋子さんは男子トイレの洗面所の一部分に腰をおろし、俺を真っ直ぐ見た。


「どうして正恭君の周りでこんな事が立て続けに起こってるのか、知りたい?」

「それは……」


そういえばこの間、学校で出逢った彼も言っていた。

『それなりに命の危機に晒されるだろう』と。

それは、あの女児や先輩達を蝕んだ"アザミ化"という現象の認知が主な原因だろう。

簡単には説明して貰ったが、どうにもまだ理解出来ない。

そして今、目の前に居る彼女……いや、彼もまた、俺にまだ大事な事を話していない。


「秋子さん。
………いや、春也君」


自分の名前に少しだけ反応した彼は、いつも秋子さんが浮かべる不敵な笑みのまま、俺の話を聞く体勢にはいった。