Snow Drop Trigger

「体調はどうだ?」

「割と平気だ」


処方された薬もきちんと飲んでいる。

何より嬉しかったのは意識が戻って二日で退院し、元のように通学する事が出来る事だ。

安静にとは言われたものの、豪雪で自転車通学は些か安静では無い。

だが、独り暮らし状態の俺には徒歩か自転車通学しか方法が無いのだ。

一応、独り暮らしというより独り暮らし寄りの二人家族で、海外出張に行っている父が居る。

母の存在は、俺の記憶には存在していない。

母の事も含め、曖昧な記憶の部分に時々、やけに引っかかる事がある。


「こーすけっ!
まーさや!」

「……桃瀬?」


俺が突然聞こえた声の主の名前を呼んで後ろを振り返ると、そこには何時も通りの桃瀬が居た。

今日は首元にくすんだような桃色と茶色の可愛らしいチェック柄のマフラーを着けている彼女は、俺と康介の間にナチュラルに入って通学路を歩き出した。


「って、正恭ぁー⁉
何で自転車押してるのよー!?」

「自転車通学だから」

「安静にしなきゃ駄目じゃんー!
って、徒歩の方が疲れるかー……」

「そんな事より桃瀬も徒歩なんだな」

「うー、だって電車止まってるんだもんー……」


溜め息を交えて白い息を吐く桃瀬。

すると彼女の右隣に居る康介は桃瀬の頭上に手を乗せた。


「こっ、康介⁉」

「いやー、背が高いと桃瀬の頭に雪が積もるのが見えるからかなり気になるんだよな」

「もー、バカにしてるでしょー‼」

「してないしてない。
それに女子の背丈は桃瀬ぐらいがちょうど良いよ」


桃瀬の頭に薄く積もった雪を優しく払う康介に、顔を真っ赤にしてマフラーに顔を埋める桃瀬。


康介は確か185cmぐらいで、桃瀬は155cmぐらいだから、康介が桃瀬の頭上が見えるのは仕方ない事だ。

そう思いつつ自転車を押しながら三人で通学路を歩く。

ようやく坂道を登り終えて真っ直ぐ歩いていると、前方の曲がり角から見知った顔を発見した。


「…………正恭?」

「悠太か。早いな」

「…………眠い」


うつらうつらと眠たそうな表情で俺を見る康介は、ふわりといつも着けている香水の匂いを漂わせながら前を歩いていった。

そして何かを思い出したように数歩先で立ち止まり、こちらを振り返る。


「……体調、大丈夫か?」

「ん。この通り大丈夫」

「……そうか」


眠たそうな表情だが優しく笑う彼は、そう言って俺達の前を歩き出した。

桃瀬が「悠太、今日も眠たそうー」と呟いたのを筆頭に、俺達も悠太の後に続くように通学路を進むのだった。