Snow Drop Trigger

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相変わらず外は雪がしんしんと降り注いでいた。

寒さは例年並に厳しく、路面も朝は凍結する場所もあるそうだ。

使い馴染みの有るマフラーを巻いて自転車を押して歩く坂道は、最近の見慣れた風景と同じで雪化粧をしている。


「ふう……。
歩いても寒いのはやっぱ辛いな」


そう独り言を呟きながら坂道を自転車を押しながら歩く男子高校生は、吐くたびに白くなる息を見つめながら誕生日に起こった出来事を少しずつ忘れようとしていた。

不思議なもので、人間という生き物の記憶力というものは脆い。

初めは鮮明に覚えていても、時を重ねるにつれて段々とパズルの一ピースがぼやけて滲んで消えていくように出来ている。

少しずつ忘れて、真実がどうだったかすら脚色してしまうのだ。


「うっす、正恭」

「早いな、康介」


そこには息を少し切らせて爽やかに笑いつつ、手を挙げて俺に朝の挨拶をする康介が居た。

黒のネックウォーマーに顔を埋めながら俺の横に着いて歩き出した。

大方、俺の姿が見えたから走ってきたのだろう。

何時もは遅刻ギリギリに来る康介だから、早い時刻に出会うことは本当に稀なことだ。

普段は俺は自転車通学、康介は電車通学なので、俺の家から学校までの道のりのちょうど半分に当たるこの坂道で会うことはないのだ。


「いやー、雪で電車動かないらしいからたまには徒歩にする事にした」

「電車動かないのか?」

「ほら、ニュースに書いてある」


康介が携帯端末を指で弄りながら、一つのニュースを指でタップした。

立体的に浮かぶのは今朝のニュースらしき映像で、電車が雪で立ち往生しているといったような内容をアナウンサーが伝えていた。


「電車通学の奴等からしたら大変なんだろうな」

「つーか、 病み上がりなんだからあんま無茶するなよ?」

「俺は転けるなんてベタな事はしねー…………よっ⁉」


言い終わる前に足元が路面凍結のせいで滑ったのが分かり、慌てて足に力を入れたが間に合わずにそのまま尻餅を着いた。

当然押していた自転車は支えを失って地面へ倒れ、横に居た康介は呆然とした後に苦笑した。


「ほら、立てるか?」


病み上がりなんだから気を付けろよ?

と、優しい心遣いを貰った俺は、康介の手を取って立ち上がった。

幸い尻餅を着いたものの怪我は無く、雪で濡れた部分も無かった。

それを確認して自転車を起こす俺を手伝ってくれる康介に感謝しながら、また歩き出した。