何故事件は、6階のフロアのみの被害だったのか。

俺がたまたま事件が起きたフロアに居ただけとも考えられるし、そうでないとも考えられる。

そして唯一良かった事は、俺が一人だけの負傷者という事だ。


「…………あれ?」


負傷者は俺だけ?

あの子は一体、何処へ行ってしまったのだろう。

彼はただ一言「還した」と言っていただけ。

結局あの子は生きているのだろうか。

別の場所へ移動させたのだろうか。

それか考えたくは無いが、存在自体を消されたのだろうか。


『"アザミ化"した人間を元に戻す事は、不可能だ』


三日経った今でも、彼のこの言葉がやけに耳に残っている。

そもそも"アザミ化"とは一体何なのかすら分からない。

そして爆弾テロの犯人であろう彼、『オウノメ スバル』の本当の目的、館内放送と最後に告げられた言葉の矛盾。

そして何故、容姿が俺と酷似しているのかも。

爆弾テロ犯人が本当に彼なのか。

はたまた彼の名を名乗って爆弾テロ犯は動いていたのか。

彼の名前は本当は『オウノメ スバル』では無いのかと疑問は尽きない。


今度、『オウノメ スバル』にであったらきちんと問いたださなければ。


「オウノメ スバル……か」


ぼんやり名前を呟いた時、ノック音が小さく病室内に響き渡った。

誰からも返事が無いという事は、此処は個室なのだろうか。

そういえばやけにベッドが広いような気もするが……。


『佐藤さん、入りますよ』

「あ、はい」


男性の声が聞こえたので俺は上半身だけ起こしたまま、その人物がカーテンを開けるのを待っていた。

扉が開く音が鳴り響き、扉が閉まる音が小さく聞こえた。

一歩ずつ近付いてきたその人物は、おもむろにカーテンを開けた。


「意識戻ったんだね。
良かった良かった」


呑気そうに笑う、黒縁眼鏡をかけてフワッとした黒い髪といかにも好青年のような顔立ちの白衣を着た男性の胸元のプレートには、『樋高』という文字があった。